夜曲(7)

 白々と降り注ぐ月の光の下、銀色に輝く長い毛並みをロザリアは愛しげに抱きしめた。

「ようやく会えましたわ」

 戸惑いも恐れも何もないその声に、リュミエールはほうとため息をつく。

「あなたという方は……」

 まるで驚きもしない恋人に、自分のこれまでの苦悩はいったい誰のためであったのかと思う。
 こんな姿を晒すくらいなら、永遠に会えぬままで良いと思い決め、けれどそうであれば、この先自分はなんのために生きていくのかと絶望し、悶々と思い乱れ乱れ、今日まできたというのに。

「あなたにこんな姿を晒したくはなかった。
それを……、少しもわかってはくださらない」

 恨みがましく抗議したリュミエールの両の頬に、白い指がそっと触れた。
 蒼い瞳が正面にある。
 慌てて視線を逸らそうとする彼の頬を、もう一度優しい指が呼び戻す。

「わたくしは感謝していますのよ?」

 彼のよく知る綺麗な声が言う。

「生きてこの世で、またあなたに会えた。
二度と、会えないと……、覚悟していましたのに」

 二度と会えない。
 そうなるはずだった。
 リュミエールの水色の瞳に、苦い笑いが浮かぶ。

「ええ、そうです。あなたのおっしゃるとおり。
それがわたくしには、どうしても許せなかった」

 白い指が彼の頬をそっと撫でる。
 蒼い視線はあくまでも優しく、リュミエールにその先をと促している。

「かつてわたくしは、あきらめることしか知りませんでした。
聖地に囚われ、いつ果てるともしれぬ務めを課されて。
それでもこの身に宿る力が尽きぬ限り、あきらめる他なかったのです。
ですが貴女を愛して、貴女に愛されて、わたくしは初めて運命に感謝したのです。
あの地でしか、お目にかかれぬはずの貴女でした。
わたくしが生きてきたのは、貴女に出会う、そのためだったのだと」

思い出せば、いつでも胸が熱くなる。
幸せな日々。
長い、気の遠くなるほどの長い時間の中で、ただ一度、輝いたリュミエールの時。
たとえそれがつかの間の、いつか必ず来る別れと背中合わせにある幸せだったとしても、それでも感謝した。
彼女に会えた。
愛して、愛されて、それだけで十分だと。
思い出だけで、生きてゆける。
残された生がどんなに長くとも、二度と会えぬだろう恋人を待ち続けて、生きてゆける。
けれど、そうはならなかった。
ただの人の身に戻った彼は、あまりにも速く過ぎる自らの時間に、平静さを失ってゆく。
夏がゆき、秋が来て、冬が過ぎ、やがて春が来る。
繰り返される季節を数えては、じりじりと焦った。
過ぎる時間は、そのまま彼とロザリアを隔て引き離すもの。
もう会えぬ。
肌でそれを感じた時、リュミエールの心は否と叫んだ。

なぜ?
自分が何をしたというのか。
望みもしない務めを課され、それでも彼は運命に従った。
ただ一つ、たった一つ、望んだこと。
もう一度、彼女に会いたい。
それさえ許されぬとは!

「あなたを取り上げる、わたくしから。それが誰であろうと、わたくしには許せませんでした。
だから決めたのです。もう一度貴女にお目にかかると。
この腕に必ず貴女を、必ず」

 苦い笑いは既に消え、暗く冷たい微笑が、水色の瞳に揺れている。

「貴女も既にお聞きになったでしょう? この惑星に伝わる、海神の伝説を」

 ロザリアの蒼い瞳が、わずかに伏せられる。

「ええ……」

 小さく頷く白い顔。
 知っていてその先を口にせぬ恋人に、リュミエールの暗い微笑は翳りを増した。

「ではもうおわかりでしょう? わたくしが何をしたのか。
わたくしの、この浅ましい姿の、そのわけも」

 銀の月。
 その下に、銀色の長い毛並みが鈍く輝く。
 水色の瞳をした美しい狼は、今はもうその視線を逸らすこともせず、ロザリアの前に己の姿を晒す。

「ロザリア、これが今のわたくしです。
契約なのです。
これが愚かなわたくしが、海神と交わした契約の、その代償」

 歌うように流れる声は、綺麗に澄みきって細い。
 大気を優しく震わせて、やがてそれは月の光に融けた。