LOVE ~DESTENY~
砂の舞う音がする。
さらさらと、きめの細かい黄色の砂。
夜更けて気温がぐんと下がると、何もない砂の原に風が笑う。
軍用テントのシュラフの中で、何度も何度も繰り返し寝返りを打つ。
今夜も、睡魔はなかなか訪れてはくれない。
昼間、ボロボロになるほどに身体を酷使しているというのに。
眠りに落ちたその時だけが、彼の生きる意味。
その目的。
至福の時。
目を閉じれば浮かぶきつい青の瞳。
濃く密生する長いまつげ。
今夜も会いに来てくれるだろうか。
誰よりも愛しい、そして懐かしい恋人は・・・。
「やってらんねえよな。」
丸い目にまだ少年の匂いを残す下級兵士が、うんざりとした声を出す。
砂地にセンサーを走らせるために、重い機材を肩から下げている。
「内戦の後始末だって?
んな地味~~な仕事でも、危険はおんなじだからな。
なのに、ここには前線と違って良い女の慰問もなけりゃ、物資の特別支給もない。
割りに合わねえったらねえぜ。」
ウィーンと小さく唸るセンサーが、反応する。
赤いランプが忙しく点滅し、危険を知らせる大きなブザーがけたたましく鳴り始めた。
「げげっ!地雷だぜ。」
相方の兵士が用心深く傍による。
起爆装置を取り外す作業が始まった。
じりじりと照りつける砂漠の陽射し。
乾いた喉がひりひりと痛む。
「おい・・。まだかよ?」
熱さのためだけではない汗が、機材をかけた兵士の脇をじっとりと濡らす。
「ん・・。
待てよ、もう少し。」
何でもばら撒く時は簡単なのだ。
この地雷群も、敵の侵入を阻止する目的のためにここら一帯に無造作にばら撒かれたものだ。
内戦はとうに終り、その存在意味もなくなったというのに、それはまだここにあった。
ここはこの辺りの交通の要所である。
ここを通ってこの惑星の人たちは、よその地域の者と交流し、商売をする。
そこにいまだ何百もの地雷が埋め込まれているというのは、なんとも物騒で危険な話である。
しかし内戦の当事者達に、その地雷を撤去しようとする積極的な意思はない。
そこで聖地の女王の命令が下り、王立派遣軍がその撤去作業に駆り出されることになったのだった。
「たく、自分のケツくらい自分で拭えよな。
この惑星のエライさんたちは、なに考えてんだか。」
「そう・・・ぼやくなよ。」
特徴のある低く甘い声。
不平顔をしていた兵士が、弾かれたように声の方向を向く。
きっちりと詰めた襟元の階級章は、中佐。
燃えるような赤い髪をした、かなり長身の美丈夫である。
「し・・失礼いたしました。おいでになることに気がつきませんで!」
「ふ・・ん。
たしかに面白味のないところではあるな。
だがな、死ななくても良い人間を生かしてやる仕事なんだぜ。
理由のいかんは問わず、前線でばさばさと人を殺す任務より、ずっとマシな気がするんだがな。」
砂塵にまみれた赤毛の頭を軽く振って砂を落とす。
薄い青の瞳が微笑っていた。
「頼んだぞ。」
直立した姿勢のまま、二人の兵士はかっちりとした敬礼をする。
一瞬、辺りの空気を華やかに染めて、赤毛の中佐は指先まで伸びた形の良い敬礼で応えた。
視察巡回用のジープは、彼を乗せて次の作業地へと向かう。
そして砂煙をまきあげて、みるみる遠ざかった。
残された二人は呆けたようにそれを見送る。
「良い男だよな・・・。」
「ああ・・。」
辺境の地味な作業場であっても、夜ともなれば将兵の余暇と遊興のための場がいくつか設けられていた。
急場しのぎの厚い大きなテントの中は、いくつかのランタンが灯されただけの薄暗いものだったが、昼間明るすぎる陽の下で働く者たちにはそれがかえって気分を落ちつかせてくれるようである。
ビールと安手のワイン、それにチーズとソーセージくらいしかない酒場なのだけれど、砂漠を前にしたこんな場所では唯一の娯楽施設であった。
今夜も、灼熱の陽射しに焼かれた将兵の人いきれ、煙草の煙とアルコールの臭いが充満している。
「なあ。
どうしてこんなところにいるんだよ?
あの中佐はさ。」
二の腕まで捲り上げた袖口からのぞく赤銅色の腕が、大きなビールジョッキを二つ、軽々と持ち上げる。
「ああ、なんでも上官をぶん殴ったんだってさ。」
昼間の二人組は、彼らの上官を肴にして今夜のビールを楽しむつもりのようだった。
丸い目をした子供っぽい兵士が、得意げに鼻をうごめかした。
「どっかの前線でな、えらくバカな司令官がいたんだそうだ。
玉砕だ~~とかよ、わめくタイプのヤツさ。
それであの中佐は、あ、当時は大佐だったんだそうだけどな、上官ぶん殴って命令無視。
将兵みんな本国へ帰還させたんだってさ。」
「そいつは剛毅な話じゃないか。
小気味が良いこったぜ。」
派手にジョッキを傾けて、相方の兵士がにやりと笑った。
入り口近くが急にザワザワとする。
女たちの黄色い声が飛び交った。
「あらあ!オスカー、いらっしゃい。」
嬉々として弾んだ声。
彼女たちが、商売っけ抜きで本気で歓迎しているのがよくわかる。
噂の中佐のご登場だった。
階級による序列にうるさい軍にあって、たとえ夜の酒場とは言え、女たちに「中佐」ではなく「オスカー」と呼ぶことを許している彼らの上官は特異な存在であった。
「け・・。相変わらず、今夜もモテモテだな。」
ジョッキを持ったままの兵士が、首だけを振り向ける。
「まあ、それにしてもよく無事でいられたことだな。
前線で命令無視。
それに上官までぶん殴ってのこととくりゃ、まず軍法会議。
銃殺刑だよな。順当なところで。」
情報通を鼻にかける若い相棒が、即座にその疑問に答えた。
「そうなるはずだったのさ。
だけど、鶴の一声がかかったんだと。
聖地のおエライ筋から・・さ。」
「聖地?
聖地ってあの女王陛下がおいでになるって、あの聖地か?」
素っ頓狂な声で聞き返す。
その名こそ、誰でも知ってはいるけれど、ごく普通に生きているものにとって、これほど遠い世界はない。
「噂だけど・・。」
丸い目を細めて、若い兵士が声を落とした。
「あの中佐、元守護聖様だったってよ。」
「はあ?」
守護聖といえば、聖地にあって女王に仕える男たち。
特殊な力を持ち、不老不死の、まあ言ってみれば神のような存在である。
その守護聖だったというのか。
あの中佐が。
「それなら、聖地のおエライ筋から声がかかったてのも納得だろう?
軍規違反ってのはちょっとやそっとのことじゃ、チャラにはしてもらえないんだぜ?
中佐が特別な人だったって考えるのが、一番自然だろうが?」
あたりを憚るような小声で続ける。
「お構い無しってわけにもいかないから、降等処分の上辺境に左遷ってわけさ。
それにしてもずいぶんと軽い処分だろ?」
振りかえった彼らの視線の先で、その中佐はウィスキーのボトルを傾けていた。
だらしなくゆるめた襟元が、崩れた色気のようなものを感じさせる。
昼間のストイックな様子とは対照的であった。
「バーボンか。
いかにもって感じだよな。」
「そうだな。」
「オスカー、今夜はどうするのさ?
誰かと予約いれた?」
カウンターの中から、きついメークをほどこした青い目の女が声をかける。
将兵相手のすれっからし。
こんな辺境の酒場によく似合う。
そんな女がオスカーにだけは、純な少女のような目を向ける。
「相手してあげても良いけど。」
恩に着せるような言葉とは裏腹に、その口調にはどことなく甘えと媚がある。
「他のヤツラに恨まれるな。
ここで一番のレディーから、そんな甘いセリフを囁かれるんじゃな。」
口元をわずかに歪める。
そしてゆっくりと、薄い青の視線が上げられた。
「今夜は疲れた。
せっかくのお誘いなんだがな。」
バーボンの滴で濡れた唇から、かすれた甘い声。
断られたはずの女は、うっとりと彼を見つめ返す。
たくさんの男を知っていた。
こういう商売をしていれば、好むと好まざるとに関わらず。
けれどこんな思いは初めてだ。
ただ見つめているだけ、二言三言口をきくだけ。
それで十分だと思うような、甘い気持ち。
まっさらな少女の頃に、持っていたかもしれないそれを、この男は簡単に思い出させてくれる。
形のよい唇から漏れる言葉は優しい。
こんな自分にもとても。
けれどそれは愛情ではない。
優しくする事などとるに足らぬことだから、だから彼は優しいのだ。
どんな時でも。
誰にでも。
彼の心には誰かが住んでいる。
多分、いやきっと。
それでも良かった。
それが彼の虚ろな優しさであったとしても、彼女には生きる張り合いを与えてくれる。
不思議な男だった。
「そう。
気が変わったら来るんだよ。
待っててやるからさ。」
素っ気無い応えで、がっかりした自分をごまかした。
「ああ。」
グラスの氷が溶け出したようだ。
そんな優しげで鮮やかな表情をする。
(かなわないよね、こんな顔されちゃあさ。)
ここでも幾人もの女が、きっとこの顔にやられたんだろうと思う。
「グラス、替えようか?
氷がとけてる。
水っぽいだろ、それじゃあ。」
営業用の言葉で自分と彼の距離をとりなおす。
さすがに慣れていた。
そんな自分が、寂しいくらいに。
「おい、しっかりしろよ。
もうすぐベッドに寝かせてやるからさ。」
さんざんビールをあおった後で、さらに浴びるほどワインを飲めば、こうなるさ。
さきほどの二人組。
若い方の兵士が、相棒を抱えて立ち往生している。
引きずるようにして連れて帰ろうとしているが、なにしろ立派なガタイであった。
「ちったあダイエットしろよな。」
ぶつくさ言いながらも、なんとかしようとする。
気の良いやつだと自分でも苦笑する。
「さて、もう一踏ん張り。」
自分に気合を入れて、行く手を見上げた。
すう・・っと、白い光が視界を横切る。
え・・?
俺も飲みすぎたかな?
目をごしごしとこすって、もう一度目を凝らす。
やはり幻ではない。
白いぼんやりとした光は、一つのテントに吸い寄せられるように近づいて、そして消えた。
「あれは・・・、中佐の幕舎だよな。」
彼らより一足早く引き上げた上官は、きっとあの中にいるのだろう。
あれは、ナンだろうか。
中佐は大丈夫なのだろうか。
気になって仕方なかった。
彼は眠りこけている相棒の身体を、その辺の砂地にそっと横たえた。
「悪いな。ちょっとだけ、ここにいてくれや。」
そして、光の消えた幕舎の入り口へと、急ぎ足で向かった。
人の気配がした。
厚ぼったいテント用の生地で出来た入り口の裂け目から、中の声が聞こえる。
「オスカー・・。」
女の声。
もしかしてお楽しみの最中なのか。
彼の頬に血が上る。
きびすを返そうとした時。
「誰かいるの?」
中から声がかかった。
見つかってしまっては仕方ない。
あきらめて中へ入った。
そして、息をのむ。
金色の暖かい光に包まれた女。
その背中には、白い翼があった。
スッキリとした細い身体を長いローブがゆったりと覆っている。
長い髪。
艶のある肌。
そしてなによりも特徴的なのは、濃い睫毛に覆われたきつい二つの青い瞳だった。
「あ・・あなたは?」
ここの女でないことはすぐに見て取れる。
こんな上物の女がここにいるわけがない。
誰だろう。
どうやってきたのだろう。
「あなたは、オスカーのお知り合いね?
彼は元気にしていて?」
彼の質問には応えないで、女は薄く微笑んだ。
元気にしているかって・・、中佐はそこにいるじゃないか。
そう思って彼女の足下を見る。
中佐はシュラフの中で、ぐっすりと眠っていた。
「あ・・の、中佐に会いにいらしたのでしょう?
起こさなくても良いのですか?」
口調が、知らず知らず丁寧なものになってしまう。
女には彼にそうさせるような、特別の雰囲気がある。
侵し難いなにか。
気品とはこのことか。
「良いの。
わたくしは、こうして眠っている彼の夢の中に入って、そうしてそこでだけ会うのよ。
ずっと、そうしてきたのですもの。」
金色のやわらかい光が揺れた。
女が腰を折り、中佐の枕辺にかがみこんだのだ。
愛しげにその寝顔を見つめる。
「目を開けている彼には、もうずいぶん会っていないのよ。」
「何故・・?
せっかく会いに来てるのに。
あの、白い光はあなたなのでしょう?
どっか遠くから来たんじゃあ・・。」
あの白い光が彼女のものであることは、不思議に抵抗なく認められた。
目の前にいる彼女が、彼の知る生身の女とは程遠い、違う世界の人間であるような気がしたから。
中佐が元守護聖であったという噂が、彼の脳裏をよぎった。
これが中佐の恋人なのか・・。
だとしたらこの女は、聖地の?
噂では女王の背中には白い翼があるという。
女王・・?
「離れられなくなるからだわ。
わたくしは彼とは違う時間を生きなければならないのに、それがわかっていても彼と一緒にいたくなるの。
彼とこのまま過ごせるのなら、何を差し出してもかまわないと思っているのだけれど。」
視線は相変わらず眠ったままの中佐に落としている。
優しい細い声には、切ない寂しさのような調子が混じっていて、それが彼の心を揺らす。
「そんなに好きなら・・。
全部捨ててきたら良いじゃないですか?
中佐だってそう思ってるんじゃあ・・。」
自分が口を出すことではないのかもしれない。
だが彼は、言わずにはいられなかった。
こんな辺境まで光に身を変えて会いに来るほどの愛情があるのなら。
そんな愛情を受ける男がいるのなら。
なんとしても、二人に幸せな笑顔を浮かべてほしいものだと思った。
「できないこともあるのだと知ることが、歳を重ねるってことなのでしょうね。
わたくしも彼も・・・、知りすぎるほどにそれを知っているのよ。」
これ以上は言わないで欲しい。
彼に向けて上げられた、青い瞳が悲しげな色を浮かべて微笑んでいた。
翌朝。
早くから地雷センサーを肩にかけて、テントを出た。
昨夜の記憶が残っている。
確かに夢でないのだと思わせるほど鮮やかに。
あれは中佐の恋人なのだ。
多分、誰よりも大切な。
その彼の目の前に、洗面のためにテントを出てきたらしい中佐の姿が現れた。
どきりとした。
言おうか。
昨夜自分が見たことを・・。
そんな戸惑った様子の彼に、中佐のほうが先に気がついた。
「おい、どうした?
幽霊でも見たのか?」
幽霊?
幽霊ではないけれど、この世のものではないという意味では同じようなものだ。
一つ深く息を吸って、思いきって口を開いた。
「見たんです、俺。
昨夜、中佐の幕舎に白い光が入ってゆくのを。」
上官の表情が一瞬にして変わる。
見たこともないほどに、差し迫った顔をしていた。
「見た・・?
見たってその後もか?」
「はい。
少しお話をしました。」
「そう・・か。
羨ましいな。
おまえは彼女に会ったのか。」
ほうとため息をついて、中佐は弱く笑った。
「中佐は元気でいるかと、心配しておいででした。」
「元気・・か。そうだな、元気にしてるんだろうな。
多分、こんな風でも・・な。」
さしこむような薄い氷の瞳が、こんな弱々しい表情をするのか。
信じられぬものを見たような思いがした。
「俺・・、なんだか上手く言えないんですけれど、感動して。
あんな女の人もいるんですね。」
「俺もさ。
俺も彼女に初めて会った時には、信じられない気がしたものさ。
こんなレディーがいたのかってな。」
「お寂しくはありませんか?
あんなに・・その・・大切に思われる人と離れていて。」
氷の瞳が一瞬陰りを見せた。
だがすぐにいつもどおり、やわらかい穏かな色でその奥の本心を隠してしまう。
「会わなければ・・そう思うこともなかったんだろうな。
だが、俺は彼女に会えて良かったと思ってるぜ。
生まれてきて、そして彼女に会えて良かった。
これは本心だ。」
そう言うと、中佐はくるりときびすを返した。
この話は打ち切りだとでも言うように。
「中佐!
もう一つだけいいですか?」
返事の代わりに、背中を向けたままではあったが足をとめてくれた。
「俺も・・・。
俺も会えるでしょうか?
その、中佐のように。」
問いかけられた背中のむこうで、息だけの笑いが漏れる。
「会えると良いな。」
きつい砂漠の陽射しが照りつける。
日が昇ったと同時に容赦なく地面を熱し続けてゆく。
ここの勤務はいつまで続くのだろうか。
ぼんやりと若い兵士は思う。
早く故郷に帰りたい。
そうすれば。
もしかして。
中佐の出会ったような恋を、見つけることが出来るかもしれない。
蜃気楼がゆらゆらと揺らめく中を、視察用のジープに乗った中佐の背中が遠ざかって行く。
「会えると良い・・。
俺もそう思います。
本当に。」