Foreve&Ever(5)
「はかばかしくはありませんね。
どうも・・・・思ったより難しいようです。」
眉間に寄せた皺を隠すように、フレームレスのめがねを人差し指でくいと上げる。
王立研究院始って以来の秀才エルンストは、滅多に無いほど憂鬱そうな表情をしていた。
「正体のわからぬ事だらけです。
とにかく何でも良いから、この惑星の大地の一部に女王の力を与えろ。
そう言われても、はいそうですかといくわけなどないのです。
ですが、この方法が我々の取りうる唯一のものである以上、アンジェリークにはやってもらわなくてはなりません。
とても・・・お気の毒な事ですが。」
栗色の髪をしたアンジェリーク。
つい何年か前に、新しい時空に生まれ出た宇宙の初代女王。
女王選出試験にはエルンストも立ち会っており、そのせいか彼の中でのアンジェリークは、あの時のまま。
頼りなく、保護を必要とする少女であるような気がしている。
「そう。
仕方ないわね。
けれど、困った事だわ。
あの子にしかできないこと。
あの子の宇宙、その未来での異変ですものね。
こればかりは、陛下にももちろんわたくしにも、なにもできないわ。」
金色の髪の女王も、その事はとても気に病んでいる。
ロザリアの親友でもある彼女は、何もしては上げられないのだと己の無力を情けなく思っているようだ。
同じ思いのロザリアとしては、せめてもの気休めに、こうして毎日王立研究院を訪れて、大地の育成状態を調べている。
「また明日伺うわ。
劇的に良くなるなんてことはないでしょうけれど、せめて今日よりはマシ。
そんな報告が聞けると嬉しいのだけれど。」
育成の進捗状況を記したファイルをエルンストに返して、ロザリアは同意を求めるように微笑した。
「ごきげんよう、エルンスト。」
身を翻そうとした瞬間、きき覚えのある香りがロザリアの鼻腔をくすぐった。
これは・・・・。
無意識に、ロザリアは身を固くしていた。
「ロザリア様もいらしてたんですね。」
香りがだんだん強くなる。
やがてそれはロザリアの背後でぴたりと止まる。
「おや、ティムカ。
今日もですか?
あなたの熱意には、感心しますよ。」
自分の仕事が必要とされていることを、喜ばぬ者はいない。
どうやらティムカは、毎日のようにここに通ってきているのだろう。
エルンストは心から、ティムカの来訪を歓迎しているようだった。
「今日のデータですが、先ほどロザリア様にもご覧いただいたのですよ。」
ロザリアから受け取った分厚いファイルを、両手でわずかに差上げる。
「あなたもごらんになりますか?」
「ええ、そうですね。
見せていただけますか?」
応えはやはり、ロザリアの背中から響く。
エルンストに歩み寄るでもない。
視線。
ロザリアは背中に視線を感じていた。
知らず知らず速くなる呼吸を整えるように、目を閉じて深く息を吸う。
そしてくるりと振り向いた。
「ではわたくしはこれで。」
視界の端に沈んだ黄の衣装は捕らえていたが、視線は合わさない。
肩が触れ合う近さで、その横を通り過ぎようとした時。
くす・・・。
鼻先で笑う気配に、ロザリアの足が止まる。
「なにをそんなに慌てておいでですか?」
エルンストには聞き取れぬだろう小声で、だが確かにティムカはそう言った。
ぴくりとロザリアの眉が上がる。
なんですって?
わたくしが慌てている?
侮られる事に、ロザリアは慣れていない。
昂然と頭をもたげ、ぴたりと視線を合わせて、ロザリアはティムカに微笑んだ。
「どういう意味かしら?」
そしてもう1度エルンストを振り返る。
「エルンスト、少しの間、2人にしてくださるかしら?
こんなことをお願いするのは、本当に申し訳ない事なのですけど。」
ことの成り行きが理解できないエルンストは、眼鏡の下で大きく瞬きをする。
ロザリアとティムカ、この2人を交互に見比べる。
「僕からもお願いします。
ごめんなさい、エルンストさん。」
ティムカの口から同じ願いが出されると、わけがわからぬ風にエルンストは首を振る。
「わかりました。
では私は奥の研究室におりますので。」
電子ロックが外される小さな音と共に、エルンストが席を外した。
「では聞かせていただくわ?
どういう意味かしら、ティムカ。」
口元にはいつもどおり優しげな微笑を浮かべながら、濃い青の瞳には、全く正反対の表情が浮かんでいた。
「別に・・・・・。
そのとおりの意味ですが?」
青い刺青をほどこした目元に、挑発的なからかいの笑みがある。
「なぜわたくしが慌てなければなりませんの?」
ここで声を高くしてはいけない。
自制しながら、ロザリアはゆっくりと口にする。
「ああいう言い方、わたくしは好きではありませんわ。
失礼でしょう?
それがわからないあなたではないでしょうに。」
褐色の肌に大きな黒い瞳。
瞬きもせず、ロザリアをみつめていた。
ロザリアも目を逸らさない。
「わたくし、あなたが不愉快になるようなことを、なにかしたのかしら?」
不当に侮りを受けた怒りに、ロザリアの口調は冷たかった。
これがあのかわいらしかった少年だろうか?
ほんの少しの時間が、彼をこんな無礼な男に変えてしまったのか。
以前の彼を知るだけに、ロザリアにはそれが許せなかった。
「そうだとしたら、はっきりおっしゃってね。
これから先、ずっとそんな態度をとるのかしら?」
それは許さない。
ややきつめに上がった声の調子で、ロザリアは自分の意思を伝えた。
「不愉快・・・・。
そうですね。
なさいましたよ。」
意外な言葉。
「え?」
不意をつかれて、思わずロザリアは問い返す。
「なに・・を。」
目を伏せて、ティムカが笑った。
「気づきませんか?
そうでしょうね。」
再び上げられた瞳には、先ほどまでのからかいの色はない。
代わりに、何かを思いつめて揺れる表情があった。
「僕を見てくださらない。
だからですよ。」