Forever&Ever(10)
なぜ?
ロザリアはもう1度自分に問いかける。
なぜ?
なぜわたくしが、こんなに気まずい思いをしなければならないの?
涌き水のさらに先、小さな森の小道を速足で歩きながら、ロザリアは理不尽な不快感をもてあましている。
木々の葉をさやさやと揺らす風が、ロザリアの頬にも優しく触れて行く。
普段なら身体の全てが和むはずのそれさえも、今のロザリアには効果がない。
胸の不快な動揺は、少しもおさまってはくれなかった。
ほんの少し前、つかの間の休息をとろうと思った大きな木の下に人影を見つけた。
そしてそこにいるのがティムカだと知ったとき、一瞬、ロザリアの足は迷う。
進むべきかそれとも。
そのまま引き返す?
そう考えて首を振る。
引き返す後姿を、もし見つけられでもしたら?
こそこそと隠れるようにして去るその姿を見られたら、もっといたたまれない気分になるだろう。
悪い事をしているわけではない。
間が悪かったのだ。
ここはこのまま、彼らの前に出るべきだ。
普段どおりに挨拶をして、そしてさりげなく別の木陰を探せば良い。
背筋を伸ばして顎を引く。
いつもどおりの歩幅でそのまままっすぐに、声のする木陰へと進んだのだった。
「あ、ロザリア様。」
最初に声を上げたのは栗色の髪の少女だった。
青に近い緑色の大きな瞳を見開いて、すぐさま恥ずかしげにうつむいた。
「見つかってしまいました。
お休みでもないのに、こうしているところを。」
ロザリアはそのまま2人が座りこんでいる場所まで進み、中腰になってにっこりと笑って見せた。
「あらあら・・。
わたくし、叱りに来たわけではないのよ。
お休みでもないのにというなら、わたくしだってそうだわ。
たまには、ね?
今日は良いお天気だし。」
暖かそうな毛織の敷物の上で固まったままの少女は、ようやくほっとした表情を見せる。
「ロザリア様も、御一緒してくださいませんか?
お菓子もたくさん用意してきてますから。」
<ごめんだわ。>
反射的に心に浮かんだ言葉に、ロザリアは驚いた。
御一緒に・・。
そう言った少女の言葉に邪気はない。
それなのに、無性にカンにさわる。
自分はなににイライラしているのだろう。
彼女に悪意など、まるでないというのに。
「ええ、そうなさってください。
気持ち良いですよ。
ロザリア様。」
ああ、これか。
ロザリアは目を閉じて、呼吸を整えた。
不快なイライラの原因は、いつもどおり穏やかな、この声の主だったのだ。
「ごきげんよう、ロザリア様。」
数日前の出来事などまるでなかった事のように、平然とした様子が憎らしい。
あの後少なからず動揺し、ティムカに会うことをできる限り避けてきた自分が、愚かしく思える。
それだけではない。
動揺した自分を見られたくなくて、恋人に会うことも無意識に避けてきたロザリアだった。
今日のように思いがけず空いた時間には、恋人と共に過ごしていた筈だ。
今までのロザリアなら、まずそうしたに違いない。
けれど、今彼女は1人きりでいる。
ぽっかり空いた休息の時間を、たった1人でぼんやりしようとここに来たのだ。
その原因の最たるものが、彼女の目の前で見せてくれているものといったら!
彼の年齢相応の、健康的なデートの現場。
真剣に思い煩う必要などなかったのだと見せつけられて、ロザリアは自分の生真面目さを情けなく思う。
彼は王族にありがちの、その時限りの恋を仕掛けてみただけなのだ。
ロザリアも名門貴族の生まれなら、王族貴族の間にそういう習いがあるのは承知している。
だが彼女はそれに馴染めないまま、聖地に上った。
17才。
まだ少女である頃に、初めての恋さえも知らず。
からかわれた。
そう気づくと、惨めな気分にさえなっていった。
洒落た恋も解さぬまま、いたずらに年齢だけ重ねた自分を笑われているようだ。
「ごきげんよう、ティムカ。
楽しそうね。」
それでも、補佐官職にあれば自然に身につくポーカーフェイスで、心の内をしっかりと隠した。
曖昧な微笑を浮かべ、儀礼以上のなにものでもない言葉をかける。
そしてもう1度、大きな青緑の瞳に視線を戻して、
「また今度、御一緒させていただくわね。
素敵な休日を、お楽しみなさい。」
執務用に用意した、よそ行きの笑顔を添えた。
「あ・・。」
なにか言いかけた少女に気づいてはいたが、そのままロザリアはくるりと背を向けた。
そして後は振り返りもせず、そこからさらに奥の森へと、足を向けたのだった。
足が痛い。
ロザリアは鈍い痛みに眉を寄せた。
手ごろな木陰に座りこみ、それほど高くはないヒールの靴を脱いだ。
薄い靴下越しの指に、小さなマメができているのがわかる。
これほど歩く予定はなかったから、いつもより少しだけ歩きやすい靴を選んだ。
こんなことならいっそ、スニーカーにでもするべきだった。
忌々しい思いで、ロザリアは足のマメを睨みつける。
歩けないほどではなかったが、もうここから先に進もうという気は失せていた。
はぁ・・・・。
さんざんな休日に、ため息が出た。
部屋で大人しく、本でも読んでいれば良かった。
憂鬱な思いで空を見上げると、木漏れ日がちらちらと、踊るように降り注ぐ。
まぶしげに目を細め、大きく息を吸いこんだ。
木々の呼吸と同化してゆくようだ。
一時憂さを忘れる。
ロザリアは木の幹に背をもたせかけ、そのままゆっくりと目を閉じた。
がさがさと、落ち葉を踏みしめる足音がする。
気のせいじゃない。
目を閉じたまま、ロザリアは耳を澄ませた。
かさかさかさ・・・。
近くなる。
そしてそれにつれて、ききおぼえのある香りもだんだんに。
「え?」
全身の神経がそれに集中する。
まさか・・・・。
どうして?
胸の中で問いかけているうちに、足音と香りの正体がすぐ傍にあった。
「ああ、やっと見つけました。
良かった。」
おそるおそる目をあける。
青い刺青をした切れ長の瞳が、いきなり視界に飛びこんだ。
「どうして?」
ようやく言葉にできたのは、そんな短い言葉。
どうして自分を追ってきたのか?
アンジェリークはどうしたのか?
そう聞きたかったのだけれど、ティムカが追ってくる事など考えもしなかったロザリアには、完成品の疑問文を口にする事ができなかった。
だが、ティムカは理解したようだ。
痛めた足を不自由に折り曲げた彼女の膝元にまで近づくと、自分も膝立ちになってロザリアをのぞき込む。
「あなたが、行ってしまったからですよ。」
しっとりした深い声。
「あの後、他の方々もおいでになったのですよ?
きっとあなたに誤解された。
そう思ったから、僕だけ失礼してきたんです。
たまらなかった。
あの時の、あなたのあの目。」
ティムカの黒い瞳は、いつのまにかロザリアの目の前にあった。
「あんな目で見ないで・・・。
僕なんかいてもいなくても良いような、そんな目で。
お願いだから・・。」
じんじんと、鈍い痛みが足下から伝わって。
甘く忍び入るティムカの言葉が、ロザリアの理性を麻痺させた。
身動き一つせず、ただ魅入られたように黒い瞳を見つめ返すロザリアを、褐色の腕がそっと抱き寄せる。
「僕が欲しいのはあなただけです。
いつもいつも。
これまでも、そしてこれからも、僕が欲しいのはあなただけ。」
唇が重ねられた。
震える、冷たい唇が。