Forever&Ever(14)
薄暗がりの玄関ホールを抜ける。
目を閉じていても自由に歩ける、通い慣れた恋人の私邸だというのに、この時のロザリアの足は、まるで初めて訪れた時のようにおろおろとしている。
いや、初めての時よりもひどいかもしれない。
あの時は、恋人に手を引かれ、彼女はそれにただ従っていれば良かったのだ。
今は・・・・。
手を引いてくれる恋人もなく、それどころかその恋人は彼女がこれから向かおうとする執務室で、打ちひしがれて待っているはずだった。
足が重い。
女王の命でさえなければ、これ以上1歩だって前へ進みたくはないロザリアだった。
いつからだろう。
いつから恋人と、まともに顔を合わせていないだろう。
愚にもつかない問いを自分に投げかける。
即座に答えは返ってきて。
「あの夜からよ。」
胸が石を抱えたように重い。
鈍い痛みが、それに重なる。
黒い瞳の誘惑に抗いきれなかったあの夜から、彼女はもう幾度となくティムカとの夜を重ねていた。
たった1度きり。
そう決めていたはずなのに、ロザリアには拒みきれなかった。
切れ長の黒い瞳が間近に迫り、ただひたすらにロザリアが欲しいのだと繰り返す。
この騒動が終わったら、自分と共に下界へ下りて欲しい。
そして自分の妻として、故郷の惑星の王妃となって欲しい。
夜毎繰り返される彼のプロポーズ。
「そんなこと、できるはずもないわ。
わたくしは、女王補佐官よ?」
ばかばかしいと笑い飛ばしたロザリアの言葉も、今ではとても小さな声で弱々しい。
「あなたを、僕ほど求めているものが他にいるでしょうか?
僕にはあなたしかない。
あなただけだ。
あなた以外の女性を、僕の隣りに置くつもりはないんです。
きっと幸せにして差上げます。
後悔なんかさせません。
だから・・・。
だからお願い。
Yesと言って下さい。」
夜明け前、帰り支度をぐずぐずと遅らせて、ティムカはよくこうして駄々をこねる。
「さぁ、もう帰りなさい。
誰かに見つかりでもしたら、みっともないわ。」
しっかりと彼女を抱きしめる褐色の腕をほどきながら、ロザリアは苦笑する。
「さぁ、早く。」
「いやだ!
あなたがYesと言ってくださるまで、僕は帰りませんよ。
みっともない事になりたくなければ、あなたこそ早くおっしゃってください。
Yesと。
僕の妻になってくださると。」
潤んだ大きな瞳は幼げでもあり、同時に熱っぽくロザリアの心を揺さぶりもする。
「聞き分けのないことを・・・。
困った事。」
確かに困ってはいるのだ。
だがどこかで嬉しいと思う自分を、ロザリアは感じていた。
身も世もないほどに、全てを振り捨てて、こんな風に自分を求められた事があっただろうか。
女王候補であった頃、彼女が恋した相手は大人だった。
彼女よりもずっと昔から聖地にあって、そこで生きることを受け容れてきた男。
彼女のどんな些細な揺れも、どうということはないと笑って許してきてくれた。
喜びも悲しみも、諦めさえも、彼は彼女に同調して、黙ってその胸に彼女を憩わせてくれたものだ。
最近になって、ロザリアは思う。
彼は果たして自分を必要としていたのか?
自分は彼に全ての感情を預け、その胸に安らいでいたけれど、では彼は?
彼は自分から何かを与えられたのだろうか?
いつもいつも、彼女が心地よいように、その環境を提供するばかりではなかったか?
気づきもしなかった。
ロザリアはティムカに求められるまで、そのことに気づきもしなかったのだ。
恋人とロザリアの関係は、とてもフェアと呼べるものではない。
ティムカは。
彼女に自分のものになってくれと望む。
その代わり、彼は自分の全てを惜しみなくさらけ出す。
王族の誇りも、彼自身のささやかな自尊心も、すべてを振り捨てて、彼女を求めてくれる。
応えるには、ロザリアにも覚悟が必要だった。
ただ安らいで幸せになれるわけではない。
ティムカの愛を受け容れるということは、彼の背負うもの全てを共に背負うということだ。
その覚悟を迫られて、困惑しながらも自分は喜んでいる。
これが彼女の今だった。
身体だけでなく、心までも揺れて、恋人を裏切っている。
このまま、彼に会う事が怖かった。
きっと見透かされる。
一目見るなり、彼はきっとロザリアの全てを知るだろう。
だが、彼女には女王の命がある。
逃げるわけにはゆかないのだ。
大きく深く息をして、ロザリアは恋人の執務室の扉を叩く。
「オリヴィエ、よろしいかしら?
わたくし、ロザリアですわ。」
自然に自然にと心で念じるほどに、自然な声とはどんなものかわからなくなる。
ロザリアは、泣きたくなっていた。
「開いてるよ。」
中からいつもどおりの声。
深くてまるみのある、聞き慣れた恋人の声がした。
もう1度深呼吸をして、ロザリアは扉に手をかける。
思いきって開けた扉の向こう。
正面の執務机に身体を預けた恋人の視線。
ロザリアは、すぐさまそれに捕まった。
「ずいぶん、久しぶりだね。
元気だった?」
金色の長い髪、暗い色調の青い瞳。
見慣れた恋人の美貌だった。
サクリアの色が変わったなどと、即座には信じられない。
まるでいつもと同じようにしか見えない。
彼が動揺しているなどと、思い過ごしではなかったのか。
だが、女王は確かに彼のサクリアが変調していると言う。
迷いながら、ロザリアはとりあえず口を開いた。
「オリヴィエ、陛下がね、あなたのことをとても心配しておいでなの。
身体の具合でも悪いのかしらって。」
罪の意識は相変わらずあったけれど、恋人のあまりに普通の表情に、ロザリアの警戒心は緩んでいく。
オリヴィエの傍にゆっくりと近づいて、そして彼をじっと覗き見た。
「本当にそうなの?
どこか、おかしいの?」
「・・・・れたからね。」
薄く笑った唇から、小さな応えが漏れる。
「え?」
聞き取ろうとさらに近づいたロザリアを、オリヴィエの腕が抱き上げる。
ふいに重力を感じなくなった頼りなさに、ロザリアは声を上げた。
「急に何をなさるの?
わたくし、まじめに話していますのよ?」
さらに続けようとした言葉は、その途中で凍りつく。
オリヴィエの暗い瞳。
ロザリアを見おろして、もう1度薄く笑う。
「干されたからね・・・・。
これだけアンタを干されたら、わたしがマトモでいられるはずもないさ。」
「オリヴィエ・・・・。」
ロザリアを抱き上げたまま、オリヴィエは歩き出す。
寝室へ向かっている。
腕の中のロザリアにも、それはわかっていたけれど、どちらも全く口を開かない。
ばたん・・。
乱暴に足で扉を押し開ける。
「満たしてもらうよ。
それが、女王の命令なんだろう?」
そういう彼の表情は、暗がりでロザリアには見えなかった。