Forever&Ever(21)

その日、バルコニーから見上げた空は、青かった。
早朝まだしっかり夜も明けきらぬうちから始った式典の準備で、白亜宮は人、人、人でごった返している。
国王の私室は式典会場からずいぶん離れたところにあるのだけれど、それでもざわざわと落ち着かない空気がここまでなんとなく伝わってくるようだ。
「まだ少し時間がございます。
今のうち、お休みになってください。
式が始れば今夜遅くまで、息をつく間もないお忙しさにおなりでしょうから。」
膝立ちになって国王の正装を整えていた侍女が、作業の手は休めないまま僕を見上げる。
黄の薄いドレスに身を包んで、自身も貴婦人の正装をした彼女は、僕の乳母だった。
王太子の養育係としてずっと僕の傍にあった人だったけれど、僕が国王になった時、自分の役目はもう終わったと地方の領地に引きこもった。
僕はもちろん、両親も、ずいぶん遺留を促したのだけれど、彼女はガンとして譲らない。
「陛下には、もうすでに成人あそばされ、乳母の必要はないと存じます。
必要のない乳母がお傍にありましても、害こそあれ良い事は一つもないと。
遠くより、陛下の御身健やかであられること、お祈り申し上げます。
これからずっと。」
僕にとっては、二人目の母だった。
いつもいつも傍にあって、叱ったり褒めたりしてくれた人。
僕の成婚が決まった時、両親が彼女を召喚したらしい。
僕の身の回りをみるように。
さすがに彼女も受けてくれた。
そして今彼女はここにいる。
「そうするよ。
ありがとう。」
休むようにと気遣ってくれた彼女に、僕の声も自然と優しくなる。
下から心得顔に頷き返す彼女を見ていると、僕はふっと甘えたくなった。
誰にも言わずにきた言葉。
ずっと心にためてきた言葉を、吐き出してしまいたくなっていた。
「したくないんだ、本当はね。」
彼女の手が止まる。
だが顔は伏せたままなので、僕からは彼女の表情は見えない。
「あの人でないなら、要らない。
そう言えたら、言いつづけられたら、どんなに良いだろうと思うんだ。」
抑えが効かなかった。
1度口にしてしまえば、それはどんどんこみ上げて、次々と言葉になっていく。
気がつくと、彼女が下からじっと僕を見上げていた。
たしなめられる。
叱られる。
幼い頃からの習慣で、彼女の無言に僕は一瞬ひるんでしまう。
あわてて言訳をした。
「わかってるよ。
今だけだから。
もう言わないから。」
すると彼女はにっこり笑った。
いつものことだ。
いつもこうして彼女は僕を許してくれる。
けれどこの時彼女の口から出た言葉は、僕の不意をついた。
まるで予想もしない言葉。
「では、そうなさいませ。」

「え?」
僕は思わず聞き返す。
幼い頃から、国王の務めを繰り返し繰り返し僕に教えたその人が、まさかそんなことを言うなんて。
「え・・、だってそんなことできるはずもない。
できっこないじゃないか?」
彼女はゆっくりと立ちあがり、僕の手を取った。
「陛下、ティムカさま。
あなたは確かに国王陛下です。
ですが、ただ1人と心に決めたお方がおありなら、思いつづけることまでを誰が禁じられるというのでしょう?
心は自由です。
国王の務めは務め。
表向き王妃さまをお迎えになるのはいたし方ございません。
でもだからといって、心に住むその方を、あきらめなければならないと決めてかかるのはいかがでしょう?
そんな意気地のない。
わたくしはそんな風に、お育てしたつもりはございませんよ?」
「心は自由・・・・。」
あきらめなくても良いと?
僕は彼女に問い返す。
本当に、本当に、そうしても良いのだろうか?
「はい、ティムカさま。
そうなさいませ。
お小さい頃から、我慢する事ばかりをお教えしてまいりましたが、今度ばかりはわたくし、申し上げます。
お幸せにおなりください。
2度はない、ティムカさまの恋でございましょう?
では、お迷いなさいますな。
どうか。」
心に、強い風が一陣。
重い霧が、晴れて行く。
僕はにっこりと微笑んだ。
「では、そうするよ。
ありがとう。
もう・・・迷わない。」

成婚の儀、そしてそれに続く披露の宴。
予定通り、次々と大仰な儀式と宴会が催され、各国からの賓客の挨拶に、僕は丁寧な礼を繰り返す。
滅多に使われる事のない王宮の大広間。
張り切った宮廷楽師たちが、華やかなワルツを奏でている。
行き交う人の波。
さざめく声、声、声。
もう何百人目かの型どおりの祝いの言葉に、これもまた型どおりの謝辞を返しながら、僕は全身でたた1人の存在を探していた。
まだ、見えない。
来るといったはずのあの人は、まだ来ないのか?
女王補佐官の激務と多忙は承知しているけれど、それでもいったん出席の返事を寄越した女王府が約束をたがえるはずもない。
来る。
あの人は、必ず来る。
目の前の祝賀客に現実の視線だけは向けて、心の視線は広間の入り口にじっと注いでいた。
「聖地よりお祝いのお使者がお着きです。」
侍従がそっと僕の耳元にささやくのと、それは同時だった。
見つけた。
入り口の扉に、あの人だ。
ざわざわとした会場に、一瞬沈黙が訪れる。
青のドレス。
補佐官の正装をしたあの人が、僕のいる玉座へ続く絨毯を綺麗な姿勢でゆっくりと進む。
やわらかい金色のオーラが、あの人の身を包んでいる。
聖地にある者の身にある特別の力、サクリアがその正体なのだけれど、ここにいるものは誰もそれを見た事がない。
ただうっとりと見蕩れ、ため息をつく。
やがて僕の正面にまで来た彼女は、背を伸ばしたまま僕に微笑みかけた。
「約束どおり、参りましたわ。
陛下のお言葉を伝えます。」
「さぁ、あなたも・・・。」
僕はただぼんやりとあの人をみつめていた妻、今日娶ったばかりの妻を促して立ちあがらせた。
そしてあの人の前に跪いて、頭を低くする。
「聖地の危機を幾度も救ってくれた、私の友人へ。
末永く幸せでありますように。
・・・・・・・・とのお言葉です。
わたくしからも、おめでとう。
どうかお幸せに、ティムカ。」
懐かしい声。
僕の身体は小刻みに震える。
「ありがとうございます。
勿体無いお言葉、陛下にはどうかよろしくお伝えください。
ティムカがとても喜んでおりましたと。」
「陛下から贈り物がありますよ。
なにか一つ、望みを叶えて差上げましょうと。
わたくしが陛下にお伝えします。
なにか、望みはあって?」
慎み深く視線は落としていたけれど、その下でぼくの表情は一瞬で輝いた筈だ。
来た!
これこそ、僕が待っていた瞬間だ。
「畏れ入ります。
では、申し上げます。
陛下のお傍に、いつでも自由に上がれますようにと。
それが願いでございます。」
本当なら、もっと他に実益ある願いを出すべきだったのだろう。
たとえば交渉の難航している惑星との仲介を依頼するなり、派遣軍の駐屯を希望するなり。
だけど、今の僕にはそんなことはどうでも良い事だった。
いつでも自由に聖地に行ける。
それはすなわち、僕の恋のありか。
そこへの通行許可証をもらうことだったのだから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
あの人は、しばらくの沈黙の後で応えてくれた。
「わかりましたわ。
その言葉、きっと陛下に伝えましょう。」
「ロザリアさま、もう一つ、お願いがございます。
これは陛下にではなく、あなたに・・・。」
視線を上げて僕はあの人を見つめた。
「なにかしら?」
「踊っていただけますか?
僕と。」
青い瞳が、大きく見開かれていた。
なんと応えたものか、迷っているようだ。
けれどやがてあの人は目を閉じて、微笑んだ。
そして僕の手をとり、腰を落とす。
「ありがとうございます。」
僕はその手を引き寄せて、そのままホール中央へとあの人をお連れした。
ゆるやかに、静かな円舞曲の演奏が始った。

胸の鼓動が高くなる。
僕の腕には、今あの人がいる。
懐かしい香り、細い腰。
軽い優雅なステップで、あの人は滑るように踊る。
僕はその人の長い髪に顔を埋めて、そっとささやいた。
「お会いしたかった。
待っていたんですよ、僕は。
ロザリアさま。」
「国王陛下には、お戯れがお好きなのかしら?
今日王妃さまを、お迎えになったばかりだとういうのに。」
小さな声であの人が笑う。
軽く受け流すつもりのようだ。
それならそれで良い。
いつかあなたは知るでしょう。
僕の言葉の真実を。
僕はあなたをあきらめない。
たとえどんなに時間がたったとしても、僕の思いは変わらない。
その時まで、僕の思いがかなうまで、今は言わないでおきましょう。
あなたを愛しています。
ずっとずっと、僕が僕である限り。
永遠に・・・・。
愛していますと。