Forever&Ever(8)
しなやかな指が、華奢なカップをゆっくりと口元に運ぶ。
「ああ、本当に良い香りですね。」
まるでただの仲良しが、穏やかな午後を一緒に過ごしているような調子だった。
自分の知らせたいくつかの出来事が、オリヴィエを不快にしていることなど、とんと気にした風もない。
「で?」
たまりかねたオリヴィエの言葉は尖る。
「世間話にしては悪趣味だと思うけど?
ゴシップをわざわざ聞かせに来てくれたってわけ?」
リュミエールが言うには。
数日前、ロザリアが王立研究院からあたふたと出てきたという。
そしてそれを追うようにして、ティムカが飛び出してきた。
思いつめた様子で、彼女の名を呼んで。
こんな事を聞いて、面白いわけはない。
自分の知らないところで、恋人が他の男とわけありの場面を演じていたなどと。
自由気ままで誰にも縛られたくない自分の性質を棚上げにして、こと恋人に関してはただでさえ独占欲の強いオリヴィエである。
そして最近苦笑しながらも自覚せざるを得ない事に、彼の中でロザリアは別格であった。
今までのどの恋人にもまして、彼女の全てを掴んでいたいと思う。
目の前で平然と微笑する水色の髪の男が、それに気付いていないわけがない。
承知の上で、オリヴィエにその事実を告げたのだ。
「とんでもないことです。
わたくしは、ただ・・・、わたくしが見たままのことを、お知らせに上がっただけですよ。
そんなゴシップだなどと、心外ですね。」
その涼しげな美しい微笑。
オリヴィエには、自分の反応をうかがっているようにしか見えない。
キツネが!
心で罵りながら、こちらも微笑を返す。
「そう。
では、先を聞こうか?
でも、できるだけ手短にね。
オリヴィエの瞳の青は濃く沈み、そこからはどんな表情も読み取れなかった。
「ああ、そんなに警戒なさらないでください。」
何を考えているのか、本当にこの男の真意を掴むのは難しい。
水色の瞳は相変わらず優しげで、長年この男と付き合ってきたオリヴィエでさえついついだまされそうになる。
「あなたといろいろあったのは事実ですから、すべてあなたに対する好意から出たものだとは申し上げられません。
ですが、好意ではないにしても、この際あなたのご損になることを望んでお知らせにあがったわけではありませんよ。
こういう言い方なら、あなたもわたくしの言葉に耳を傾けてくださるでしょうか?」
どうやら本題に入るようだ。
綺麗事を並べなくなっただけでも、話は早い。
「ティムカは、危険です。
あなたにはお分かりですか?」
水色の瞳から笑いが消えていた。
「初めて聖地に上がった頃から、ティムカはロザリアに惹かれていたのです。
あの視線、あれはわたくしやあなたが彼女に向けたものと同じ。
ですが、あの頃の彼を、わたくしは怖いとは思いませんでした。
近い未来に怖いと思う存在になることがわかっていても、彼とわたくしたちの時間が重なる事など、もう2度とないはずでしたから。」
リュミエールはそこで息をついだ。
確かに・・・、その事はオリヴィエも気がついていた。
ティムカがロザリアを追う視線。
幼い少年が年上の女性に向ける憧れの眼差しを超えていた。
だがリュミエールのいうとおり、オリヴィエはそれを特に気にしたことはない。
ロザリアが彼を弟のようにかわいがっていても、それでオリヴィエが不愉快になることはなかった。
彼の敵はあくまでも目の前にいる、水色の麗人だったのだ。
その男が、ティムカに用心せよと言う。
「ティムカをごらんになれば、あなたにもおわかりになると思います。
あれは・・・、もはや警戒の対象です。
重なる筈のなかった時間が重なった事で、ロザリアは彼に会ってしまった。
わたくしが怖いと思うほどに成長した彼に。」
「ティムカがロザリアに近づいてるってことはわかったよ。
で?
で、あんたが私にそれを知らせた真意は何だろうね?
私を蹴落としこそすれ、味方するなんてことは金輪際ないと思ってるんだけど?」
もう薄々感づいてはいたが、その理由をリュミエール自身の口から吐かせてやりたいオリヴィエだった。
リュミエールが、己の損になるようなことをするはずがない。
ティムカはリュミエールにとって、苦手な相手なのだろう。
もちろん、彼がロザリアを争う相手として。
オリヴィエの方が組しやすいと踏まれた事は、正直愉快な気分ではなかったが、同時に鼻で笑うくらいの余裕もあった。
現在ロザリアは誰の恋人であるか。
それが、リュミエールとの勝敗の証であったから。
リュミエールとティムカは、同種の男なのだ。
オリヴィエとは違う種の男。
綺麗な言葉で相手を酔わせ、極上の微笑の下でしたたかな計算をする。
リュミエールと同種であるとは、そういうことだ。
「ティムカは、あんたと同類項ってわけだ。
同類相手だとやりにくいって?」
意地の悪い思いがそのまま表情に出る事を抑えながら、オリヴィエはつとめてさりげなく口にする。
カップの紅茶は手付かずのまま、既にすっかり冷えきっていた。
「お見通しですね。」
リュミエールの口元がふっと緩む。
「彼は、貴族です。
正真正銘の。
国家の行く末をみつめ導く。
それも、彼の役割の一つです。
けれどそれだけではない。
表向きの政治に向けるのとほぼ同じだけのエネルギーを、恋に向ける事ができる。
恋の為に、たとえば死ぬことさえもできるのです。
今の彼は、そういう種類の男。
怖いとわたくしが思うのも、無理はない事でしょう?」
貴族の男。
なるほどそうかもしれないと、オリヴィエは思う。
生活臭のまるでない暮らしを保証された彼らには、政治も恋も己の情熱を傾けられる対象であるという点で共通している。
もちろん全ての貴族に、その二つが両立できるわけではない。
ほとんどの場合、そのどちらか一つが大勢を占める。
良い例が同僚のジュリアスである。
大貴族に生まれながら、もっぱら彼の情熱は職務にのみ向っているようだ。
だがここで、リュミエールが正真正銘の貴族だというのは、単に出自の事のみを指しているのではない。
二つの対象への情熱を均等に持てるもの。
それをこそ、正真正銘の貴族と呼んでいる。
その中には、もちろんリュミエール自身も含まれよう。
確かに彼は、恋の為にすべてを犠牲にすることをいとわない。
ずるくも残酷にもなれる男であった。
「ロザリアは、現在あなたのもとにある。
それはわたくしにとってとても不本意なことですが、正直申し上げて機会はいくらでもあると思っております。
ですが・・・・。
1度、ティムカの手に落ちた彼女をわたくしが取り戻すのは、苦しいでしょうね。
ですから、なんとしてもあなたには、ロザリアをひきとめておいていただきたいのです。」
いけしゃあしゃあと。
オリヴィエは呆れながらも苦笑する。
「よっくもまぁ・・・。
言いたい放題だね。
まぁ、あんたの思惑はおいとくとして・・・。
御忠告だけは受け取っておくよ。」
心の中に別の思いはあったが、とりあえずそれは隠したままで、満面の笑みを向ける。
「楽しいお茶会だったよ、リュミエール。
そろそろお開きにしようか?」
応える微笑もやわらかい。
「ええ、わたくしも。
思いの他、楽しい時間でした。
それではまた。
ごきげんよう。」
さらさらと衣擦れの音がする。
オリヴィエの背で、ぱたんと扉の閉まる音がした。