Forever&Ever(9)
アルカディアの大地は、素直だった。
初めのうち異世界のものである力を警戒していたのか、守護聖たちのサクリアはなかなか大地に染みわたらなかった.
だが、今ではすっかり変わっている。
送られた力に悪意がない事を感じたようだ。
すんなり受けとって、育成地にはいくつもの建物が建っていった。
「この分だと大丈夫そうですね。
予想外の事ですが、ともかく嬉しい事です。
良かった。」
ほっとした表情を見せたエルンストの目の下に、うっすらと黒いクマができていた。
連日連夜、このわけのわからぬ大地のデータと格闘しているのだろう。
「そうね。
これであなたも少しはゆっくりできるでしょう?
今夜はきちんと休んでね。
あなたに倒れられては大変よ。
あなたの代わりなんて、どこにもいないんですからね。」
金色の髪の女王が、やわらかにそう言った。
「良い?
休んでね?
これは私の命令ですからね。」
「は・・・。
もったいないお言葉です。」
生真面目な研究員は、伸ばした背筋にさらに力を入れた。
「エルンスト、そんなに固くならないで。」
女王の傍にあるロザリアは、その様子に苦笑する。
「陛下もわたくしも、あなたをとても頼りにしているの。
だからこそ、無理はしていただきたくないのよ。
本当に、もう少し気を楽にお持ちになってね。」
深々と一礼したエルンストが仮の執務室から消えると、女王は緑の瞳をくるりと回して最後にロザリアに視点を合わせた。
「陛下?」
彼女がこういういたずらげな表情をする時には、きっと何かある。
今更驚く事もないだろうから、ロザリアは彼女が口を開きやすいようにこちらから問いかける。
「この後、陛下もお休みになさいますか?
幸い、何もかも順調のようですわ。」
「さすがにロザリアね。
そう。
そう言うつもりだったのよ。
私も臨時の休日を楽しむから、あなたもそうしてね。
たまには、良いでしょう?
私達にだってこういう日があっても。」
ほら、思ったとおりだわ。
ロザリアは笑いを抑えられない。
「もう!
おかしくなんかないでしょ?」
図星をさされた女王の方も、もうこういうロザリアとの掛け合いには慣れている。
「とにかく、もう決まりですからね。
じゃ、私、急ぐから。」
いったい何を急ぐのやら。
女王はそそくさと執務室を後にした。
後に残ったロザリアは、机の上に放りっぱなしにされた書類を手早く片付ける。
何年たっても女王はこういう整理が下手だった。
出しっぱなしの置きっぱなしが、いつもの事である。
文句を言うのにももう飽きて、ロザリアは既にあきらめの境地に入っている。
ぐちゃぐちゃ言うより、自分が片付けた方が早い。
第一、そうしておかないと、次にそれを探す時、また大騒動になるのである。
「あの書類、どこにしまわれたのですか?」
「ええっと、ここだったかな?
あ、違う。
あっちだったかも・・・。」
無駄な時間を費やすのなら、これは自分の職分と割り切った方が面倒ではない。
それにしてもいつもなら
「ごめんね、ロザリア。
まかせるね。」
とかなんとか、女王なりの詫びの言葉があるのだが、今日はそれを言うのも忘れている様子。
この後の予定は、きっととても楽しみなものなのだろう。
「察しはつくけれどね。」
くすっと小さく笑いながら、ロザリアは口にする。
最後の書類をきちんと整理し終わった後。
「わたくしは、どうしようかしらね。」
窓の外をぼんやり眺めた。
すっきり晴れた空に、穏やかな陽の光。
外に出てみようと思う。
緑の匂いのする、どこか静かな木陰にでも。
「寝転んで午後を過ごすのも良いわ。」
ドアの前でもう1度、部屋の整理を点検する。
あるべきものがあるところに収まって、その状態はロザリアを満足させるものだった。
一つ小さく頷いて、ロザリアは執務室を後にした。
アルカディアの一隅に、約束の地と呼ばれる場所がある。
立派な枝を張り巡らせた大木を中心に、誰に育てられたわけでもない野生の草花が乱れ咲き、小さな涌き水とその先には小さな森があった。
むせ返るほどの緑の匂いを風が運ぶ。
ロザリアは見渡す限りの緑のじゅうたんを目の前に、大きく深呼吸をした。
今日は平日で、人もいないようだ。
両の手の指を組んで、思いきりからだの前で伸ばしてみる。
「良い気持ち。」
身体の隅々まで浄化されるようだ。
少し離れて、この地のシンボルともいうべき、大木の枝振りが見える。
「行ってみましょう。」
背の高い草をかき分けて、ロザリアはその方向へと進んで行った。
がさがさと草を踏み分け踏み分けしていたロザリアの目に、草の隙間から誰かの人影が見え隠れした。
「え?」
思わず足が止まる。
木陰まで、まだいま少し距離があり、背の高い草に隠れたロザリアの姿に、あちらは気がつかないようだった。
「バスケットにたくさん詰めてきたんですよ。」
楽しそうな少女の声がした。
ちらちらと見え隠れするのは、栗色の長い髪。
「アンジェリーク?」
現在育成をまかされた、新宇宙の女王であるらしい。
「今日は朝早くに起きて、用意してきたんです。
楽しいピクニックになると良いと思って。」
少女の声はさらに続いて、なにやらごそごそと物音がする。
「ほら。
すごいでしょ?」
バスケットの中身を得意げに見せているのだろう。
かわいらしいこと。
デートの邪魔をしてはいけない。
ロザリアはこっそり、元来た道を引きかえそうとした。
「ああ、本当ですね。」
足が止まる。
「みんなあなたが作ってくださったんですか?」
楽しげな弾む声。
ティムカの声だった。