花の咲く頃(10)
その後。
わたくしは故郷の惑星に帰りました。
聖地にいる間には、ああもしたいこうもしたいといろいろなことを考えていたのですが、いざ自由の身になってみると、不思議なことに故郷に足が向かってしまったのです。
そしてそのまま居付いてしまいました。
もう、わたくしの知り人は一人も居ないというのに、それでもここはやはりわたくしの故郷です。
なんとも言えない暖かく懐かしい思いが、わたくしの胸にありました。
毎日の生活はただただ穏かで、このままゆっくりと年をとって行くのも悪くはない。
そんなことを考えながら、わたくしは日々を過ごしておりました。
ある午後。
近隣の農家の方が分けて下さった新しいハーブの苗を抱えて、いつものようにわたくしが家へ帰ってまいりますと、戸口の前に見覚えのある姿がありました。
よほどイライラしているのでしょう。
せわしなく戸口の前をうろうろと行ったり来たりしながら、時々顔を上げて辺りの様子を見まわしています。
わたくしの口元には、自然に笑いがこみ上げていました。
ですがそれはすぐに収めます。
何食わぬ顔をして、わたくしはゆっくりと声をかけたのでした。
その落ち着きのない、かつての同僚に。
「おや、オスカーではありませんか。」
ばさりと、その特徴のある赤い髪が音を立てたのではないかと思えるほどに勢いよく、彼は顔を上げました。
そしてそのまま、こちらへとずんずんものすごい迫力で近づいてきます。
「何処へ行っていた!?」
開口一番がその言葉でした。
「ご挨拶ですね、オスカー。
それが一年ぶりに会う、旧い知り合いに向かっていうことですか?」
イライラと焦れているオスカーを尻目に、わたくしはわざと素知らぬフリで戸口へ向かいました。
「馬鹿なことを言うな。
俺はおまえの手紙を見てすぐに、飛び出してきたんだぜ。
そんなに経っているはずが・・・。」
「経っているのですよ、こちらではね。」
激しい口調で抗議しようとするオスカーの言葉をさえぎって、わたくしはそう告げてやりました。
それが事実なのですから。
「守護聖になってずいぶんになるというのに、あなたにはまだその辺のところがお分かりではないのですね。」
全くこれなのですから・・・・。
顔を背けて小さくため息をついたわたくしに、オスカーは気分を害したようでした。
それでも怒りを抑えて冷静なフリを取り繕ったのは、ひとえにロザリアの行方を知りたいがためなのでしょう。
「嫌味はそれくらいにしてもらえないか。
おまえもかつては、優しさを司った身だろうに。
おまえのほうこそ、本当に相変わらずだぜ。
優しげな顔に似合わず、きついことを言う。」
「きつい・・つもりはないのですが、あなたがもし、そう感じるとしたら、わたくしの言った事が真実だと心の何処かで思っているからでしょうね。
ともあれ、聖地とこことの時間の流れが違うこと。
それを軽く考えているようでは、ロザリアの居場所をお教えするわけにはゆきませんよ。」
本心でした。
それがしっかりとわからぬようでは、ロザリアが姿を消した本当の理由、彼女の気持ちその苦しみが、理解できるとは思えなかったからです。
そして理解できぬまま、再び彼がロザリアに近づくことは、ロザリアにまたかつての苦しみをさらにひどい重みで、与えることになってしまうのです。
それだけは、許せませんでした。
たとえロザリアが、心の底ではオスカーに会いたいと思っているのだとしても。
立ち話でもないだろうと、わたくしはオスカーを家の中に招じ入れました。
二日に一度来てくださる手伝いの方が掃除をしてくださっていた後だったので、きれいに片付けられたリビングに、ともかくも彼を案内し、わたくしはお茶の準備をしておりました。
と、オスカーが口を開きます。
「いやに、強硬なんだな。
どうした?
おまえらしくもない。
ロザリアのことは、おまえには関係のないことだろうに。」
薄い青の瞳がわたくしの本心を探り出そうと、油断なくじっとわたくしに注がれています。
わずかの動揺でも見せれば、たちまち本心を引きずり出されてしまう。
そんな彼の視線でした。
「わたくしらしくない・・・?
そうでしょうか。
わたくしはそんなに冷たい人間に見えていたのですか?」
できるだけ余裕を持ってゆっくりと、わたくしはそう応えました。
「ロザリアに会って、彼女のお話しをうかがえば、誰でもわたくしと同じ気持ちになるのではありませんか。
彼女をこれ以上悲しませたくはない。
そんな風に、きっと。」
「な・・!
俺が彼女を苦しめたと言うのか!?」
ガタンと音を立てて、彼は椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がっていました。
ポットをのせたワゴンを運ぶわたくしの傍に、つかみかからんばかりの勢いで近づいて。
「おまえは何を知っているんだ?
・・・・。
彼女、ロザリアは、おまえに何を言った!?」
「それをお話しするために、わざわざ来ていただいたのではありませんか。
さあ、少し気をお静めになって。
順番に話してさし上げますから。」
諭す様にゆっくりと、わたくしは応えて微笑みました。
今にもわたくしの襟元をつかまんばかりにいきり立っていたオスカーが、その言葉で急に静かになり、ふてくされたようにどさりとソファに身を投げ出す様子は、とてもおかしいもので。
「じゃあもったいぶらないで、さっさとお願いするぜ。
知ってのとおり、俺はまだ忙しい身なんでな。」
この男。
こんな子供っぽい男が、どうしてあのロザリアの愛を勝ち得たのか。
わたくしには本当に不思議でなりません。
人の心というものは、いつの世も不可解なものです。
ですが、伝えねばならないのでしょう。
わたくしは、ロザリアの本当の気持ちを。
そしてできるなら、ロザリアに幸せになっていただきたい。
そのお手伝いをしなければ・・・。
そうは思っていても、やはり気が重いことでした。
目の前に、オスカーのこんな様子をおかれてみれば・・・・。
「あなたは女性が年をとることを、どんな風に感じているのかわかっておいでですか?」
そうきり出したわたくしに、オスカーはフンと鼻を鳴らして笑います。
「リュミエール。
悪いがな、誰に向かってそんなことを言ってるんだ?
この俺に、女の事で説教しようというのか?
おまえが?」
話にならない。
そんな表情でした。
バカな・・・。
私の方こそ、そう言って笑ってやりたかったのです。
一体女性の何を見ていたのか。
それでよくプレイボーイを気取っていられたものだと。
「ロザリアが年をとることなんて、俺が気にするとでも思うのか?
確かに彼女はいつだって最高に美しかったさ。
だが俺は、彼女の外見だけを愛したんじゃない。
打てば響くような反応の早さ。
人の気持ちの機微がわかる、あの聡明さ。
責任感の強さ。
そういうすべての美点を含めて、ロザリアなんだ。
年をとってゆくことなんて、問題じゃない。」
勢い込んで熱弁をふるうオスカーに、わたくしは今日何度目かのため息を禁じ得ませんでした。
全くロザリアは、気の毒なことです。
「オスカー、あなたがどう思うかではなく、わたくしが言っているのはロザリアの気持ちなのですよ。
姿を消したのはあなたではなく、ロザリアなのですからね。」
ふいに、オスカーの表情が沈痛なものに変わります。
そしてうめくように漏らしました。
「わかっているさ。」