萱葺きの城(12)

 

気がつくと辺りはすっかり暗かった。
どうやらうたた寝をしてしまったらしい。
ロザリアは慌てて立ちあがる。
ゴツンと膝をぶつけてしまった。
所狭しと積み上げられた衣装箱。
そのわずかの隙間に、こっそり隠れていたことを思い出す。

聖殿は迷宮である。
長くこの地にある者なら知らず、ロザリアのように数ヶ月前にこの地に来たような者には、全くわからぬ迷路であった。
彼女が知るのは謁見の間、守護聖それに女王補佐官の執務室。
せいぜいがそのくらいである。
それは聖殿のほんの一部に過ぎない。
彼女が足を踏み入れたことのない場所は、いくらでもある。
聖殿奥、東の回廊。
オスカーが告げたその場所も、ロザリアにはわからなかった。
だが東の回廊というからには、中心から東の方向へ進めば良いのだというくらいの見当はつく。
何度か近衛兵の目をうまくやり過ごし、ロザリアはなんとかそれらしき場所へたどり着くことができたのだった。

白い石造りの長い廊下が、東の院と呼ばれる奥の建物に向かって伸びている。
けれどその渡し方はちょっと変わっていた。
中庭をぐるりと回ってから奥の建物に着くように、わざわざコの字型に曲げられた長い廊下は、とても実用的とは言いがたいものだ。
どこかで見た・・。
ロザリアの記憶に触れるものがある。
贅沢で実用的でない造り。
彼女の生家にも似たような場所があったはずだ。
あれは・・・、どこだったろうか。
とにかくここで、10時まで待たなければならない。
6時間ほどあった。
どうしよう。
見まわすロザリアの目に、黒い扉が映った。
開けてみると、むうっとかび臭い。
たくさんの衣装箱や朽ちかけた本の類が、無造作に積まれている。
どうやら長く使われていない衣装部屋のようだった。
隠れるにはおあつらえ向きの場所である。
ロザリアは息を詰め、そこで時を待つことに決めたのだった。

「今何時かしら?」
閉めきった衣装部屋に灯りはない。
腕の時計を見ようにも、こう暗くては無理だった。
音を立てぬように用心しながら、ロザリアは扉を細く開けた。
途端入り込む、白い月の光がいきなりまぶしかった。
時計は10時を少し回った時刻を示している。
オスカーが告げた時間であった。
「何があるというの・・?」
扉をそのままそうっと開ける。
白い回廊はしんと静まり返っていた。

ふと、気づく。
中庭に誰かいる。
誰?
白すぎる月の光に照らされて、すぐには定かにわからない。
ロザリアは目を細める。
月明かりに浮かぶ男と女。
足下に伸びる長い影が、一つに重なる。
男が顔を上げる。
ロザリアの呼吸が止まった。

男がロザリアを見つめている。
凍りついたように動かないで。
「ロザリア・・・。」
ようやく漏れた声。
同時に傍らの女もロザリアに目を向ける。
二人の視線が痛い。
いたたまれない。
ここにいてはいけない。
これはわたくしの見るべきものではない。
この場を一刻も早く立ち去らなくては。
言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
なのに・・。
なのに彼女の足は、すくんだように動かない。
立ち去らなければ。
気ばかり焦る。
しかしやはり、彼女の足は少しも動いてはくれなかった。

何故、目を逸らせないのだろう。
金の巻き毛。
ヒールの長身から。
何故、こんなにじっと見つめているのか。
オリヴィエのこんな姿を。
そして、傍らにいるのは・・・。
間違えるはずなどない。
細い癖のない金の髪。
挑発的な金の瞳。
あれは・・。
あれは現在玉座にある女性!
これは密会の場。
禁忌の恋の密会の場。
なんというものを見ているのだろう!

そうだ、この造り。
ふとロザリアは思い出す。
この造りは母の館の別棟に似ているのだ。
母が若い愛人と愉しむためのあの棟に。
贅沢で実用的でない、まるで奢侈品の建物。
見覚えがあるはずだ。
急激に襲ってくる吐き気。
ロザリアは口元を押さえ、ようやく身を翻す。
ここにいてはいけない。
何も見てはいけない。
頭が混乱していた。

「待って、ロザリア!」
捕まれた腕。
アルデビド系の強い香りが鼻をつく。
濃く、甘い、人工の花の香り。
吐き気が再びこみ上げる。
「は・・・なして。」
かすれた声。
強い腕が彼女の身体の向きを変える。
ロザリアの目の前に悲痛な暗い表情を映す、オリヴィエの青い瞳があった。

月明かりの下のオリヴィエの姿が、母の愛人に重なる。
そう言えば彼も金の巻き毛だった。
乱れたシルクのボウ。
母の移り香。
甘い、気だるい声。
ロザリアの顔が歪む。
わたくしは・・・、女王の愛人に恋をしたの?
自分がひどく惨めだった。
震える唇が叫ぶ。
「わたくしに触らないで!」
腕はすぐに離される。
ロザリアは駆け出した。
逃げるように。
振りかえることもしないで、忌まわしい白い回廊を後にした。

夢。
これは夢。
混乱する頭の中で、ロザリアは呪文のように唱えつづける。
そう、これは夢。
わたくしの夢がみせたもの。
現実ではない。
現実であるはずがない!
それでも現実であることを思い知らせる、明るすぎる月の光が、ロザリアの目にうるさかった。