Die Station ~ die zu Heaven fortsetzt~(11)

夜空を翔る。
白い馬は、炎の守護聖の手綱に従って、星の煌く墨色の空を静かに。
「どこへ…まいりますの?」
カタルヘナ家での別れをすませ、尽きぬと思われた涙もついに枯れ果てたロザリアが、まだ涙の残る青い瞳をあげて手綱をとる男に聞いた。
「……。」
応えはない。
しっかりと彼女の身体を抱え込んだ右の腕。
その腕を強く揺さぶって、もう一度問う。
「オスカー様?」
見上げた先には男の整った横顔があった。
視線を落とすこともなく、ただ無言で手綱を操る。
怖くなった。
キザで陽気で傲慢な炎の守護聖が、まるで見知らぬ男のように見えたから。
「聖地へ戻るのではありませんの?」
小声でつぶやく。
「戻りたいのか?」
頭上から低い声。
よく響く、けれどどこか暗く、彼女を落ち着かなくさせるような。
胸の動悸が速くなる。
不安で恐ろしい。
「オスカー様、どうかなさいまして?
なんだかいつもと違い…。」
震える声でそう言いさすのを、男の乾いた笑いが遮った。
「フ…。」
息だけの笑い。その後、凍るような視線が、ロザリアを見下ろした。
「お嬢ちゃん…。
そう呼ばれて、なるほど怒るはずだ。
君はもう、誰かに恋することを知っていたんだからな。」
突き放すような冷たい口調。
まるで責められてでもいるようだ。
どうしてこの男に、こんな言われ方をしなければならないのだろう。
そう思うと腹がたった。
「オスカー様には、かかわりのないことでしょう?」
先ほどまでの不安は、怒りにその場を明け渡していた。
まただ…。
この男はこうして、彼女の大切な思い出に勝手に入り込んでくる。
「オスカー様に、そのようなおっしゃりようをされる覚えはございませんわ。」
きつい青の瞳が怒りに煌いた。
それを受ける氷の色の瞳に一瞬怒気が閃き、だがたちまちにしてそれは消えた。
「わからない…か。
そうだな。
俺も理不尽を言っているさ。
それくらいの自覚は、まだある。」
風が強くなった。
白い馬はさらに上空にのぼったらしい。
冷たい風が、ロザリアの身体から容赦なく熱を奪う。
小さく身震いをしたロザリアを、男の右腕がぐいと抱き寄せた。
抱き寄せられた胸に倒れこむような姿勢になって、ロザリアは頬を染めて抗う。
背に力を入れて、少しでも男との距離をとろうと試みた。
「無駄なことをするなよ。」
もう一度抱き寄せられて、ロザリアは抗うことをやめた。
ひゅるひゅると耳元でうなる風、冷たいその風の中、男の体温が心地よく思えたから。
目を閉じて身体を預けると、甘いムスクの香りが鼻をくすぐった。
「俺が嫌いか?」
唐突な問い。
だがどこかで、期待していた問いだった。
いつもいつも…、この男は彼女を怒らせてばかりいた。
誰にでも優しい、聖地一番のプレイボーイといわれる男が、彼女にだけは意地悪で。
その理由を、彼女の中の女が、本能的に知らせていた。
<オスカー様はわたくしをお好きなのだ。>
けれどそれでどうなる?
明日には女王になる身で。
候補になると知れただけで、幼い日からの約束もたちまちにして反故になったのだ。
まして女王となれば…。
意地悪な微笑が口元に浮かんだ。
「それを聞いてどうなさいますの?
わたくしは明日女王になります。
どうにもならないことですわ。」
超えられるものかと思った。
彼はただの人ではない。
女王のなんたるか、誰よりも承知の守護聖の身で、女王に恋を語る禁忌を超えられるはずがない。
候補として馴染んだほんの少々の月日が、俗世に縁遠い彼の感傷を誘った。
ただそれだけのこと。
そう思わなければ、また期待してしまう。
そしてまた自分を憎らしく、疎ましく思うのだ。
そんなことは金輪際ごめんだと思う。
二度と、あんな思いはしたくない。
頭上から応えはない。
やはり女王の一言の前に沈黙してしまった。
くすり…となげやりの笑いが唇にのぼった時。
ぐい…と、強い力がロザリアの背を持ち上げた。
氷の視線が射抜くような激しさで、ロザリアの青い瞳を見つめる。
「それがどうした?」
にやりと不敵な笑い。
「さあ答えてもらおう。
俺が嫌いか?」
応えは声にならなかった。
問いを発した唇が、そのまま声を奪ってしまったから。
冷たい風に吹きさらされて体中凍えるようであったのに、重ねた唇だけは火のように熱い。
「俺が嫌いか?」
わずかに離された唇。
間近に覗き込む氷の瞳から逃れるように顔を背け、ロザリアは小さく首を振った。
「いいえ…。
嫌いではありませんわ。」