Die Station ~ die zu Heaven fortsetzt~(14)

草原の惑星と人の呼ぶ、緑の大地がオスカーの故郷であった。
見渡せば遥かに続く草の原。
風が吹けば、緑の絨毯がいっせいに色を変える。
遅れて青い草いきれ。
じきに正午になろうという頃、オスカーは小高い丘の上にある両親の墓所にいた。
そこから見下ろす光景は、幼い日父に連れられて見たそれと寸分変わらぬように見える。
「美しい土地だとは、思わんか。」
黒鹿毛の愛馬の背、腕に幼いオスカーを抱いて、父は機嫌よく笑って言ったものだ。
「いつかおまえのものになる。
おまえの領地だ。
ふさわしい男になれよ。」
「はい、父上。
俺は父上の息子ですから。」
勢い込んで応えたオスカーに、満足げな父の声。
「そうか。そうだな。
ついでに、良い嫁さんもな。」
「はい。母上のような妻を迎えます。」
懐かしい日々。
明日も明後日も、幸せなのだと信じられた幼い日の思い出。
今日オスカーは、ある相談を父に持ってきた。
長く離れてはいたが、こうして俗世に戻った上は、聖地に上がる前に在籍した軍に、もう一度戻ろうと思う。
領地にあって何不自由なく暮らせるだけのものはあったが、そうしてただぼんやりと日を過ごすことに、彼は耐えられなかった。
思い出すのだ。
見下ろした光景の中にぽつんと建つ駅舎、そこから延びる黒光りする線路の果てにある場所を。
そこにある美しい人を。
思っても手の届かぬ場所、そして人であるのに、それでも焦がれる。
夜毎浅い眠りの中に現れて、霧の向こうで微笑する人。
朝が来るのが憂鬱であった。
朝になれば、いやでも思い知らされるから。
彼は既にあの場所にはなく、二度とあの場所に立ち戻る資格がないことを。
「父上、俺をお笑いください。
逃げるために、軍に戻るなど、軍人にあるまじきこと。
承知の上で、それでも…。」
胸の内を吐き出すと、さあっと草の匂いのする風。
その瞬間、ピーっと警笛が遠く聞こえた。
聞こえるはずのない音。
信じられぬ思いで、遥か遠く、黒いレールの向こうに視線を投げると、群青の列車が見えた。
何かを考えるより早く、オスカーは馬の背にあった。
そして駆け出す。
駅舎のある平原へ。
風のうなりを耳元で感じながら。

「久しいな…。」
列車から降り立ったのは、黒髪の長身。
闇の守護聖クラヴィスであった。
「クラヴィス様…。
あなたがどうして?」
意外な人物の来訪に、眉を顰める。
「ふ…。」
かすかに唇だけを上げて、かつての先達守護聖は笑った。
「おまえは変わらぬな。」
「これは失礼をいたしました。
下界に下りて久しいものですから、あちらでの流儀はとうに忘れてしまいましてね。」
もともと仲が良いとはお世辞にもいえぬ相手であれば、自然オスカーの口調も皮肉めいたものになる。
「あなたが俺に会いにおいでになるとは、いかな御用でしょう?」
そう聞いて、はっとした。
「聖地に…、あちらに何かございましたか?」
背筋にぞっと寒気が走った。
まさか、まさかかの女性に、何かあったのではあるまいか。
顔色を変えたオスカーに、変わらず薄い微笑を浮かべたままクラヴィスは応える。
「立ち話でもあるまい?」
「これは…。
確かにおっしゃるとおり。
館へご案内いたしましょう。」
闇の守護聖の突然の訪問の意味は、相変わらず不明のままであったが、とにかくオスカーには客をもてなす義務がある。
たおやかな女性であれば別。
だがこの闇の守護聖と、二人乗りなど金輪際願い下げである。
駅舎に近い家から馬を借り、それにクラヴィスを乗せて、館への道をオスカーは駆けた。
道々、考えても仕方のないことであったが、それでも思考は巡る。
なぜ?
なぜこの男は来たのか?
なぜ?

「珈琲を淹れる腕だけは良い。
これも変わらぬな。」
居間の長椅子でくつろいだ姿勢のクラヴィスは、そう言って香り高い湯気を楽しんでいる。
「それはどうも。
で…、クラヴィス様。
まさか珈琲を飲みに来たわけではないでしょう?」
イライラした。
この闇の守護聖とは、相性が悪い。
自堕落を人の姿に写したらこうなるのではないかと、聖地に在る頃、オスカーは本気で思っていたものだ。
勤勉で厳格な、首座の守護聖ジュリアスとは似ても似つかない。
ほぼ同じ頃、守護聖に就任した二人だと聞いてはいたが、対照的というにはあまりに極端な対であった。
そして何より、オスカーがこの男に良い感情をもてない理由、決定的な理由がひとつある。
昔、二人の女王候補が聖地に在った頃、この男はあろうことかそのうちの一人を候補から引きずりおろし、自分のものにしてしまったのだ。
その結果、現女王ロザリアは女王即位を押し付けられた。
逃げることなどハナから考えもしない少女であったけれど、それにしてもあれは突然すぎた。
試験終了の前に、「候補の一人が試験をおりた。だからおまえが女王だ。」そう言われたのも同然である。
誇り高い現女王が、それをどんな思いで受けただろう。
女王の務めを黙々と果たす、かの女性ロザリアは、それを語ったことはないけれど。
もし…。
オスカーの心に、思っても詮無い仮定が浮かぶ。
もし彼女が女王でなければ…。
ロザリアが女王であったからこそ、血を吐く思いで別れた。
そうでなければ…。
過去の仮定を崩した張本人が、今目の前に在る。
この黒髪の男。
どうして良い感情を抱けようか。
「あなたがおいでになった理由を、そろそろお聞かせ願えませんか?
ご存知のとおり、俺は気が長い方でないんでね。」
「そう…。
確かにおまえは短気だな。
その性急さ、それがおまえの欠点だ。」
カッとした。
「あんたに、言われる覚えはない。」
「だから…、見るべきものも見えなくなるのだ。
おまえは気づかぬか…。
星々の巡りに翳りがあることを…。」
ひたと、紫の双眸がオスカーをとらえる。
そして続けた言葉は、オスカーの呼吸を止めた。
「陛下は、心をなくされた。」