Die Station ~ die zu Heaven fortsetzt~(3)
「失礼ですけど、オスカーさま。」
切れ長の張りのある瞳の色は濃いブルウ。
「わたくしは、お嬢ちゃんなどではございません。
そのように呼ばれる事、好みませんの。」
癖のない発音と抑揚。
厳しい言葉にはまったく不似合いな美しい微笑をたたえて、彼女はそう言った。
初めての出会い。
あれはいつのことか。
おそらくは、思い出せぬほど遠い昔。
だがオスカーの胸に、くっきりと刻まれた記憶であった。
今も鮮やかに蘇る。
故郷を離れたオスカーは、聖なる女王に仕える守護聖として、そのお膝下である聖地にその身を置いていた。
時の流れさえ外界とは異なるその土地で、彼はほとんど変わらぬ姿のまま、日々を過ごしていたものだ。
この世を統べる女王の望むままに己が力を使う他は、ほとんどこれといった仕事もない。
正直なところ、退屈であった。
退屈で退屈で、こっそり下界に舞い戻っては、つかの間の恋を盗みもした。
だがそれでも退屈の虫は、いっこうに静まらない。
いつもいつも彼の中でうごうごと蠢いて、彼をイライラとさせていた。
そんな時だった。
よどんだ空気を一掃するような、薫風が吹きこんだ。
聖なる女王の交替劇が、行われるという。
次期女王の選出試験の候補者が2人、聖地に召喚されたのだ。
オスカーたち守護聖は、女王補佐官の命により、聖殿謁見の間に呼び出され、そこで候補の少女に初めての挨拶をすることになっていた。
1人は金色の髪をした少女。
小動物のように愛らしい、緑色の瞳をしていた。
そしてもう1人は。
紫がかった艶のある髪をした少女。
身にまとうドレス同様、その身の到るところに、他人の手が行きとどいていることを感じさせた。
大事に大事に育てられた、大貴族の令嬢であろう。
一目でそれと見て取れた。
「やぁ、お嬢ちゃん。
よく来たな。」
なぜあんなに無礼な口をきいたのだろう。
必要以上にわざと子供扱いをした。
青いシルクシフォンのドレスを着た、見るからに貴婦人として躾られた少女。
ほっそりした首、腰、それに長い手足。
装飾品などまるでないことが、いっそ清楚でそして上品に見せていた。
子ども扱いなどして良い相手ではない。
それなのに。
「聖地の感想はどうだ?
お嬢ちゃんの好みだと良いんだがな。」
2度目の無礼。
さくらんぼの色をした形の良い唇が、ゆっくりと開く。
「失礼ですけど、オスカーさま。」
優しげな口調。
それに似合いの微笑。
けれどその特徴的な青い瞳に、挑戦的な色を閃かせて。
謁見の間。
冷たい大理石の床の上、すっきりと背筋を伸ばして立った少女は、さらに続けた。
「わたくしは、お嬢ちゃんなどではございません。
そのように呼ばれる事、好みませんの。」
きっとそう言うだろう。
彼女ならきっと、頬を染めうつむいてしまうようなことはあるまい。
この反応が欲しくて、わざと無礼を働いたのか。
会ったばかりの少女に?
だがオスカーは、内心の問答を一切表には出さない。
「それは悪かった。
だがな、君はやはりお嬢ちゃんだ。
少なくとも、今は。」
皮肉げに歪めた口元。
からかうような微笑をのせた。
少女の細い眉がわずかに寄せられた。
青い瞳に、ちらりと怒りが見え隠れする。
その瞬間、彼女は目を伏せた。
無言で腰を落とし、貴婦人の礼をとる。
「御前失礼いたします。」
後はくるりと背を向けて、彼の前を立ち去った。
振りかえりもせず。
鮮やかに。
「やられたね~。」
仲の良い夢の守護聖オリヴィエが、オスカーの背を指で突く。
「あのお姫さま、なかなかお見事だよ。」
ひゅうと小さく口笛を鳴らした。
こほんと咳払いがしてオリヴィエが振り向くと、金色の細い眉をひそめた首座の守護聖ジュリアスが、厳しい視線で彼を咎めている。
「はいはい。
どーも、不謹慎なことで。」
肩をすくめて、にっこり笑って見せた。
目の前で起こるその光景は、既にオスカーの視界に入ってこなかった。
すっきりとした後姿だけを、彼は追っていた。
優しげな水の守護聖と談笑する少女。
冷たい沈黙で彼を拒んだ、気位の高い娘だけを、彼の視線は追いかけている。
<気の強いことだ。>
苦笑する思いが少々、半ば以上は賞賛の気持ちをこめて。