Die Station ~ die zu Heaven fortsetzt~(4)
オスカーの朝は早い。
日々の退屈に自堕落な暮らしをする守護聖もいるにはいたが、軍人の家に育ったオスカーにはどうにもその習慣がない。
どんな深酒、色事も、彼に自堕落を教える事はなかった。
栗毛の愛馬を駆って、遠駆けに出かける。
朝の陽が湿った大地をだんだんに温めていくその瞬間に、やわらかな大地を蹴って駆けるのが、オスカーのお気に入りであった。
聖地を模したこの都市は、その地形もまた聖地に酷似していた。
聖地にある時、オスカーがいつも遠乗りの終点に決めた場所。
眼下に広がる聖地を見下ろす高台もまた、小ぶりながらここにも用意されている。
白い息をあげながら愛馬がそこに着いた時、彼はようやく手綱を絞り、汗ばんだ馬の首をぽんぽんと軽く叩いた。
そして遠く視線を投げかけて、まぶしげに目を細める。
暖かい光に染められてゆく街の様。
1日の始りを告げるその光景が、彼は好きだった。
もう幾度もいや幾万回も見てきたはずなのに、それでも彼はこの光景を見飽きない。
馬の息づかいが落ち着いて、汗ばんだ体が冷え始めた頃、彼はゆっくりと鐙を踏んだ。
「さぁ、戻ろうか。」
栗毛の相棒は心得たものだ。
くるりと鼻先を向け直し、元来た道へと歩き出す。
ゆっくりゆっくり速度を上げて、やがて軽快に駆け足を始めた。
その背でオスカーは、動き出した風を楽しんでいる。
いっせいに動き出す木々や花々。
緑の香りのする風が、彼の気鬱を吹き飛ばしてくれる。
目を閉じて深く息を吸う。
愛馬の背に伝わる蹄の振動が、心地よかった。
「あれは大切なものですの!」
高い声がした。
切羽詰った様子のその声に、オスカーは馬をとめて耳を澄ませる。
彼の愛馬の快足は、既にその朝の全行程をこなしつつあり、ここはもう聖殿間近。
女王候補の住まう建物の前であった。
「お嬢様、おあきらめくださいませ。
だいたいあのリボンは、お嬢様、お好みではございませんでしたでしょうに。」
声を探して視線を上げたオスカーの視界に、バルコニーから身を乗り出すようにしているあの少女の姿が入った。
確か名はロザリア。
「わたくしの名は、ロザリア・デ・カタルヘナと申します。」
首座の守護聖ジュリアスに向って、誇らしげに名乗っていた姿を思い出す。
その彼女が、取り乱した様子で傍の乳母らしき女性に応えていた。
「好きじゃないなんて、わたくしがいつ言って?
あれは大事なものよ。
どうしよう。
飛んで行ってしまった。」
後半は、はんべそをかいた様子であった。
「赤いリボンは似合わないからと、おっしゃっておいででしたよ?」
苦笑したような乳母が、彼女の肩を抱く。
「さぁお嬢様。
もうおあきらめください。
リボンなど、まだいくらでもお持ちでしょう?」
いつのまにか、口元に微笑が浮かんでいた。
つんとすましかえった昨日の少女。
あの貴婦人然とした彼女が、今はたかがリボン一つで半なきである。
気に入ったリボンが風に飛ばされたと、だだっ子のように騒いでいる。
ほほえましいと思う。
だが子どもっぽいと笑う気にはならなかった。
むしろ気になった。
あれほどまでに彼女が執着するリボン。
赤いリボンは、確かに彼女にはあまり似合わないだろう。
にもかかわらず、彼女がそれに執着する理由を。
例えば両親からの贈り物だとか、そんな子どもっぽい理由だとは、思わなかった。
自分の心の動きに気がついて、苦笑した。
「ばか・・・な。
相手は『お嬢ちゃん』だぜ?
まだまだお子様、リボンひとつで大騒ぎするような・・・。」
首を振って笑いを収めた彼の視界に、わずかに離れた距離にある、背の低い植込みが入った。
真紅のリボン。
幅広の絹のリボンが、そこでひらひらと揺れていた。