Die Station ~ die zu Heaven fortsetzt~(6)

ロゼ色に染まった風景に、目にも鮮やかな赤い髪。
均整のとれた長身の影、長いストライドで一気に近づいてくる。
逆光のためにはっきりしない彼の表情は、いつもより緊張しているように思えた。
「ごきげんよう、オスカー様。」
目を伏せて挨拶をする。
何の用だろうと、内心でいぶかしんではいるが、思うことを表に出さぬよう、幼い頃から躾られているロザリアである。
守護聖に対する礼儀を守り、彼の顔を直に見る事はしない。
「俺も帰るところでね。
送っていこう。」
困った。
それが1番に浮かんだ思い。
この傲慢な口をきく男性が、ときおりこうして気まぐれに女王候補である自分たちに彼なりの好意を示してくる事は承知していた。
もっともロザリアに声をかけてくる回数は、もう1人の候補アンジェリークに比べれば、かなり少ないものだったが。
それでも時折、こうして声をかけてくるのだ。
きまってこの台詞だ。
「送っていこう。」
だが、今日は困る。
いや今日だけじゃない。
しばらくは困るのだ。
日の落ちてしまう前に、彼女には是非しておきたいことがあったから。
伏せたままの視界に、ふいに薄い青の瞳が入った。
驚いて後ずさる。
「ん?
どうした、ロザリア。
都合でも悪いか?」
からかうような口調に、むっとする。
なぜこの男は、こんなに無神経なのだろう。
「俺に送られるとなにか不都合が起こるらしいな。
これはこれは・・・。
お安くないことだ。」
中腰になってのぞきこんでいた、彼の氷色の視線がふいとそらされた。
そのまま姿勢を戻し、顔を背ける。
不興を買ったとロザリアは気づいたが、たかがこのくらいのことでとも思う。
いつもいつも女性に受け容れられてきた彼の、それは子どもっぽい不機嫌に過ぎなかったのだが、自身17才の少女であるロザリアに、その彼の子どもっぽさを笑う余裕はない。
反感だけが頭をもたげる。
「失礼いたします。」
なにもコメントを残さず、その一言だけで彼女はオスカーに背を向けた。
自信過剰、女は皆彼の申出をありがたがると思っている傲慢な男。
そんな男にどう思われたとて、かまうものかと思う。
それよりも彼女には大事な事があった。
「急がなくては。
じきに日が落ちてしまいますわ。」
いつもより速足のロザリアは、後に残したオスカーのことなど、微塵も気にしてはいなかった。

「何が良いかわからなかった。」
言葉どおり困りきった顔をして、差し出された青い箱。
もう会う事はない青年の、泣き出しそうなあの表情。
思い出す度、鼻の奥がつんとする。
17才の誕生日。
忘れられない夜の記憶である。

カタルヘナ家に生まれた瞬間、ロザリアには婚約者が決まっていた。
彼女にとってはまた従兄にあたる青年は3つ年上で、すらりとした長身、黒髪に青い瞳をしていた。
幼い頃から仲良しで、18才になったら彼の妻になるのだと、ロザリアはそれを疑問に思ったこともない。
それどころか、彼を婚約者にくれた運命に、むしろ感謝していたくらいである。
なのに幸せな未来図は、あっけなく崩れる。
聖地の女王からの使いだという数人の役人が、ロザリアの生家に訪れて言ったから。
「ロザリア・デ・カタルヘナさま。
あなたを次期女王候補にと、女王陛下のお召しでございます。」
歴代の女王、守護聖を数多く輩出しているカタルヘナ家であれば、それはそんなに驚くほどのことではない。
たった1人の娘を差し出すことに多少の寂しさを覚えはしたものの、それでも両親は自分たちの愛娘に女王の冠を戴かせる申出に、最後には感謝したものだ。
「名誉なことだ。
おまえなら、きっとやってのけるだろう。
しっかりやるのだぞ。」
その日から、聖地へ上がる準備が始って、ロザリアは婚約者に会う事も許されなかった。
「もう御縁は切れたものと思いなさい。
あなたは女王におなりなのですから。」
彼女のドレスを整えながら、母はさらりとそう言った。
聖地へ上がれば、下界とは異なる時間の中で生きるのだ。
だから婚約者の彼はもちろん、両親にももう生きて会う事はない。
「でもお母さま、このままお別れなんてあんまりですわ。
聖地へ参ります前に、1度だけお目にかかることはできませんの?
ねえ、お母さま。」
別れの言葉も交わさぬままに、このまま彼と離れてしまうのは嫌だった。
とりすがる娘の懇願に、母は複雑な顔をしていた。
「未練になるのではなくて?
貴方がたは、本当に仲が良かったから。」
「聖地へ参りますのよ?
たとえわたくしが未練に思ったとしても、どうしようもない事ですわ。
そうでしょう、お母さま。」
「お父様にお願いしてみましょう。」
複雑な表情のまま、母はようやく頷いてくれた。
そしてその願いが通った。
ロザリアの誕生パーティーを開こうと、父が言ってくれたのだ。
17才の誕生日。
皆が祝ってくれる、最後の誕生日パーティーであった。