金と銀(10)
イライラした。
自分とこの少女のなんと違う事か。
奪われた継承権を取り戻そうと躍起になる自分と、重荷でしかない王位を押しつけられたアンジェリーク。
「嫌だったら、受けなきゃ良いだろ?
他になりたいヤツがいるだろうぜ。」
吐き捨てるように言った。
そのはずだ。
この世界での至高の地位だ。
欲しいと思う人間なら、いくらでもいることだろう。
「だめなの。」
アンジェリークが笑って応えた。
「サクリアってね、人を選ぶの。
サクリアの方が、人を選ぶのよ。
だから私の代わりはいない。
私が女王なの。
逃げられないのよ。」
「お・・・まえ・・・。」
少女の瞳に惹きつけられる。
翡翠の瞳には先ほどまでの弱さに代わり、明るい生気が戻っていたからだ。
「パパが言ったわ。
もう会えないねって。
それに・・・。」
そこで少しだけ彼女は口をつぐんだ。
寂しげに首を傾げる。
「恋はできない。
女王はずっと1人なんだって。
そういう決まりだって、即位の前に教わった。
・・・・・・・・・・・・・。
ジュリアス様から。」
言葉の悲愴さとは裏腹に、彼女の瞳の生気は曇らない。
明るく澄みきった緑の色が、まっすぐにレヴィアスを見つめていた。
「平気なのか?
おまえはそれで良いのかよ?」
声が高くなっていた。
なぜ彼女はこんなに平然としているのか。
なぜ?
「私にしかできないんだから。
生まれたばかりの宇宙が、私じゃないとだめって言うんだから。
そしたら仕方ないでしょ?
それでね、同じ行くならできるだけの事をしようと思うの。
私で良かったって、宇宙が思ってくれるように。
頑張ろうって決めたの、私。」
一瞬、少女の背中に白い翼が見えた。
レヴィアスは目を見開く。
これが・・・・。
噂には聞いていた。
守護聖達との会話の中で、女王の持つ金色のオーラと白い翼の事は。
確かに、目の前の少女は女王なのだ。
今までピンとこなかったそのことが、はっきりとわかる。
レヴィアスの一ひねりで、折れてしまいそうな細い身体をしたこの少女が、実は彼が本気でかかったとしても手ごわい、力の持ち主なのだと。
「全部言っちゃった。
アリオス、お願い。
今私が言った事、みんなには黙ってて?
弱音吐いたって知られたら、みんなが心配するから。」
ふいに頬を赤らめて、アンジェリークがレヴィアスを下からのぞき込む。
<お願い。>
そんな目をして。
どきん・・・とした。
白い翼は既に消え、彼女はいつものアンジェリークであったのに。
レヴィアスの胸は騒いでいた。
<こいつは、いつもこうして他人の事を考えるのか?>
自分の事は後回し。
それどころか、ハナから頭に無いようだ。
ばかだ。
ずっとそう思ってきた彼女の性質が、今のレヴィアスには違って見える。
彼女は知っているのだ。
大事なものを守る為に、犠牲が必要である事を。
それはかつてのレヴィアスが知らなかった事。
そしてそれゆえに、大事なものをなくしてしまった彼だった。
課せられた重荷を喜んで背負おうとする彼女が、レヴィアスを落ち着かなくさせる。
まぶしくて。
そして、いとおしい。
だが自分の胸に湧き上がった感情を、認めるわけにはゆかなかった。
認めることは、これまでのすべてを否定する事だ。
<我は皇帝。
正統なる血をひく・・・。
それ以外の生き方など、我にはありえぬ。>
昔、皇宮を出た日より、ずっと唱え続けた誓いの言葉。
その言葉にすがり、レヴィアスは自分を立てなおす。
笑って見せた。
アリオスとして。
「俺もおしゃべりってヤツが苦手でね。
言わねえよ。
心配するな。」
と・・・・。
その瞬間、レヴィアスの感覚に何かが触れた。
<こ・・れは・・・。>
緑に変えた彼の瞳に、激しい怒気が閃いた。
視線だった。
だが近くのものではない。
遠い・・・。
<カインか!!
何をしている!!!?>
声には出さず、激しい叱責を飛ばした。
<小賢しいことを!
我に知られぬと思ったか?>
視線が途絶えた。
辺境の惑星から、カインが見ていたのだろう。
おそらくは魔導の力を使って。
帰ったらただではおかない。
レヴィアスの怒りはおさまらない。
胸の奥にしまっておきたい時間であった。
それを覗き見られた不快感。
「アリオス・・・?
ねぇ、アリオス、どうしたの?」
少女の声が、彼を現実に引き戻した。
<この声・・・・。>
「怖い顔・・・。
どうしたの?」
立ちあがり、レヴィアスの傍に近寄った。
「アリオス?」
細い声。
ああ、これだ。
この声だ。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
こんなに近くにあったのに。
戦乱に明け暮れたあの頃から、ずっと彼を呼んだ声。
こちらへ来いと、ここがおまえの居場所だと。
夢の中で。
「おまえだったんだな。」
懐かしい。
胸の奥が熱を持つ。
あふれる感情を、もはや抑え切れない。
腕が伸びていた。
彼女を求めて。
抱き寄せる。
「アリオス・・・・。」
翡翠の瞳が、レヴィアスを見上げていた。
大きく目をみはって。
「何も言うな。」
声がかすれた。
アリオス。
彼女の声で呼ばれる名。
かりそめのその名が、レヴィアスの胸をしめつける。
「じっとしててくれ。
しばらく・・・・。
このままで。」
今だけ、彼は忘れていたかった。
彼がレヴィアス・ラグナ・アルヴィースであり、そして彼女の敵であることを。
夕闇が、そろそろと辺りを覆い始めていた。
川を渡る風もひんやりと冷たい。
小さく身震いをした彼女を、レヴィアスはさらに強く抱き寄せた。
<後少しだけ・・・・。
今だけだ・・・。>
そう自分に言訳をして。