金と銀(11)

「じゃ、俺はここからしばらく別行動をさせてもらう。
次の町で会おう。」
白銀の環を持つ惑星に着いた時のこと。
いつものようにアリオスが言った。
時々彼はこうしていなくなる。
「ええ、わかったわ。
待ってるね、アリオス。」
彼は必ず帰ってきた、
だからアンジェリークも明るく言った。
本当は、とても不安だったけれど。

気付かなければ良かった。
どうして気がついてしまったのだろうと、アンジェリークは思う。
女王のサクリアが知らせる。
アリオス。
彼は危険だと。
その警鐘は、おそらく初めから鳴っていた。
耳を塞いでいたのは彼女自身。
その理由を、今の彼女は知っていた。
似た思いに、覚えがあったから。
それはいつも突然心に住みつく思い。
温かく優しく、幸せなもので。
今の彼女には、許されぬ感情であった。

いつもいつも、あの姿を追っていた。
知らぬうちに、気付けばいつか、あの銀色の髪を探している。
彼は女王であるアンジェリークに、まるで少しの遠慮もなくずけずけとモノを言う。
その度彼女は、からかわれていると知りつつ、ワザと怒ってみせもした。
目の前でふ・・っと和む緑の目。
それが見たくて。
滲むような優しさのむこうに、翳りがあった。
その正体が何なのか。
何が彼にそんな表情をさせるのか。
知りたくて知りたくて。
そして同時に怖かった。
それを知ることは、サクリアの警鐘に耳を傾ける事。
危険の正体を知ることだ。
知ればきっと、彼は自分の前から消えてしまう。
だから耳をふさいだ。
危険を知らせるサクリアの声は、日増しに強くなっていたのに。
気付かぬフリをしようとした。
少しだけ。
後少しだけ。
そう言訳をしながら。

アリオスが消えた後、その夜も野営が決まっていた。
適当な平地をみつけ、仲間達が夜の準備をする。
食事当番は交代制で、今夜は年少組の守護聖達がその役にあたっていた。
「それ、とって。」
少女のような声。
緑の守護聖マルセルが、大なべからスプーンで中身をひとすくい。
味見をしているようだった。
「これか?」
「違うよ。
コショウだよ。
それは唐辛子。」
「ったく、どっちでもいいだろ?
食えりゃ。」
調味料の入った籠に手をつっこむのは、鋼の守護聖ゼフェル。
「俺がみてやる。
おめぇが作ると、甘くなりそうで信用できねぇ。」
「ゼフェルこそ!
なんでもかんでも香辛料入れるんだから。
それこそ、食べられなくなるじゃないか。
だめだよ。」
大なべの前でスプーンの取り合いが始る。
その様子に、アンジェリークは思わず笑ってしまう。
殺伐とした毎日が、ほんの少しだけ遠くなるようで。
だがこの様子では、まだまだ時間がかかりそうだった。
夕食はもう少し先。
アンジェリークはこっそりとその場を離れる。
1人になりたかった。
アリオスのことを、考えたくて。

野営地から少し離れた丘に上った。
丘の下には、まだまだ続く未開の地。
目指す集落は、はるか遠くにぼんやりと見えるだけだ。
「明日中に着くのは無理ね。」
大きな木の幹に身体を預け、ため息混じりに口にする。
アリオスにはまだ会えない。
次の街で、合流する予定だったから。
「やっぱり無理よね。」
ほう・・と深いため息をついた時。
「そのようだな。
お気の毒だが。」
背後から低い声。
よく響く深い声で。
反射的に振り向いた。
そしてアンジェリークは声を失う。
<ク・・・・ラヴィス・・・さま?>
目の前にあるのは、確かに闇の守護聖の身体であった。
だが雰囲気はまるで違う。
たとえば、彼女に近づいてくるその身のこなし。
背筋を伸ばし、大きな歩幅で。
そして瞳の色が違う。
闇の守護聖の瞳はアメジスト。
濃い夜の闇に似合う、紫の色である。
目の前の瞳は赤い。
暗くて寂しげな赤であった。
「あなたは誰?
クラヴィス様じゃないわね?」
後ずさりしながら、アンジェリークはようやく声にした。
皇帝の部下だ。
自分たちの敵。
直感的に気付いていた。
「そう警戒しないで欲しい。
私は、あなたに危害を加えるつもりはない。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
少なくとも、今は。」
薄い微笑を浮かべた男は、続けて言った。
「私はカイン。
あなたの敵、皇帝陛下に仕える者。
あなたに会ってみたくてね。」
皇帝の部下!
その男がどうして自分に会いたいのか?
考えたくはない名前が、彼女の頭に浮かぶ。
アリオス!!
きゅっと目を閉じて、彼女はその名を振り払った。
関係ない。
思い過ごしだ。
「カインさん。
それで、私に何のご用ですか?」
ゆっくりと聞いた。
できるだけ平静を保って。