金と銀(12)
似ていない。
カインはそう思った。
主君レヴィアスがこの少女に執着する理由は、亡き最愛の恋人に似ているからだという。
レヴィアスが似ているというものを、エリス本人を直に見た事もない自分が似ていないというのもおかしな話だとは思う。
だが、やはり似ていないと思う。
思うというより、感じるのだ。
1度だけ見せられたエリスの肖像画。
気の強そうな碧の瞳をして、だがどこかに翳があった。
身分違いの恋をして、その幸福に酔いしれたいが完全に酔いしれる事はできない。
いつか終わりのくる事をいつもどこかで覚悟している、そんな翳りだとカインには見えた。
彼らの宇宙では、身分制度は絶対であった。
いやしくも皇族の1人であるレヴィアスが、庶民の娘と結ばれる事など不可能に近い。
レヴィアスがどんなに彼女を愛していたとしても、その身分はよくて愛妾の一人である。
正妃にはなり得ない。
それが身分制というものである。
生まれも育ちも皇族のレヴィアスにわからなくとも、エリスにはわかっていた筈だ。
レヴィアスを、生涯彼女1人のものにできないであろうことは。
いずれ名門の姫君を、彼は娶る事になる。
それはきっと彼女にとって、耐えがたい苦しみだった事だろう。
だがそれを口にはできない。
口にしてもどうしようもない事だから。
だから彼女は笑うしかない。
未来の不幸が見えていたとしても、精一杯明るく元気良く笑って見せるしかなかった。
それがレヴィアスの望みだと、彼女は知っていただろうから。
「私に何のご用ですか?」
そう言った少女の碧の瞳には
<警戒しています!!!>
と、思いっきり書いてあった。
素直で、素直過ぎるほど素直で、カインは思わず失笑してしまう。
これで女王だというのだから、この宇宙は不思議である。
彼にとって王族とは、威厳に満ち、時に権高で、近寄りがたい存在であるべきものだった。
だがこの少女からは、そのうちのどの特性も感じられない。
ごく普通にいる少女。
昔、幸せだった頃、彼の隣りにごく普通にあった少女のようだ。
「あなたに興味があってね。」
だから彼も素直に口にした。
「会ってみたかった。
敵として・・ではなく、ね。」
少女はぱちぱちと瞬きをする。
まるで信じられないという表情だ。
「信じられませんか?」
無理もない。
どう言いつくろってみたところで、自分は彼女の敵なのだ。
今現在、彼女に危害を加えるつもりがないのは本当だったが、いずれ主君の命が下れば。
自分はこの少女に、刃を向けざるを得ない。
だが・・・。
「信じます・・・・。」
少女は応えた。
「え?」
今度はカインが沈黙することになる。
「カインさん・・でしたよね?
あなたを、怖いって思わないから。
少なくとも今は。
だから信じる。」
碧の瞳から警戒が消えていた。
小首を傾げて微笑する。
それは敵に向ける表情ではない。
<この娘は・・・・。>
呆気にとられていた。
侵略者。
それがこの宇宙での、彼らの立場である。
どう言い訳してみても、どんなきれいごとを並べても、それは事実であった。
会ってみたい、その気持ちに嘘はない。
だがカインの胸には、多少ならず後ろめたいものがあったのだ。
冷たい視線を浴びせられてもし方ない。
そう思っていたというのに・・・・。
「信じるわ。」
きっぱりと言いきった少女の言葉が、カインの後ろめたさを拭い去る。
気分も晴れ晴れと、魂が浄化されてゆくようだ。
「不思議な・・・娘だな。」
思わずこぼれた本音であった。
「私はあなたの敵だというのに。」
くす・・・。
少女が笑った。
こぼれるような笑顔で。
「あら、今は敵じゃないんでしょ?
そう言いましたよね?」
碧の瞳には、からかうような悪戯っぽい色がある。
「・・・・・・う。」
確かにそう言った自分の言葉を思い出し、カインは言葉につまる。
言った。
確かに。
だがそうじゃなく、自分の言いたいのはそういう事じゃなく・・・・。
次の言葉を出す前に、彼女はカインに近づいて。
恐れ気もなく。
見上げる。
「皇帝がどんな人だか、私は知らない。
わかっているのは、その人が私の大切な故郷を壊そうとしているってことだけ。
だから・・・。
本当は戦うなんてしたくないけど・・・・・。
そんなの嫌いだけど・・・・。
守る為だから、仕方ないの。
好きであなたの敵でいるわけじゃないんですよ?」
嘘の無いまっすぐな視線。
碧色の。
「知っている。
それは私達にも言える事だから・・・。」
レヴィアスの無念、屈辱。
それを晴らす為には、他に道が無かったから。
侵略が罪でないなどとは思っていない。
だがし方のないことだった。
少なくとも、今のレヴィアスにとっては。
「うん。
そうなんでしょうね。」
こくんと頷いて、少女は悲しげに微笑した。
「だから戦うしかないんですよね?
わかってる。
でも・・・・・、私、良かったと思ってます。」
「良かった?」
「ちゃんと、心を持った人だって。
ちゃんと事情があって、仕方なく戦う人なんだってわかったから。
カインさん、あなたみたいに優しい人が、私達の敵なんだってわかったから。」
昔、牧師だった父はカインに教えた。
「他人を許せ。
けして憎むな。」
それがどんなに難しい事か、成人した彼はその身で知った。
今、彼の目の前にある少女の口から出た言葉は、まさに父の教えそのものだった。
ばかな!
敵は憎むものだ。
彼女らにとって、自分たちは憎んでもあまりある侵略者。
鬼のような存在でしかるべきではないか!!
世間知らずの小娘が、戦いの最中だというのにまだ寝言を言うか。
「ふ・・・・。
それがあなたがたの言う、「愛」とやらですか?
だからあなたがたの敬愛してやまない女王は、我が主君に簡単に幽閉されたのですよ。
そんなきれいごとばかり言っているから・・・ね。」
口調がきつくなった。
父の教えに背を向けたカインには、彼女の言葉は虫唾が走るほどイライラするものだったから。
「故郷を壊されて笑っていられるわけじゃない。
私も、それから仲間も、そうよ?
憎まないのは難しい。
けどやっぱり、私は信じたいんです。
血が通い、感情もある、そういう普通の人間と、戦っているんだって。
多分陛下もそうおっしゃるわ。
・・・・・・・・・・・・・・。
甘い・・・って、また言われるかな?」
まっすぐに問いかけてくる碧の瞳に、カインは答えを返せなかった。
ふいと横を向き、とっさに出た言葉は情けないほどのもので。
「とりあえず、目的は果たした。
これで、お暇しよう。」
少女がかすかに身じろぎをした。
見上げる視線の色が変わる。
微笑が消えていた。
それを残念に思う自分が、忌々しい。
振りきるように、冷たい口調で言い放った。
「次に会う時、私はあなたの敵だ。
今度こそ。
今日の事は忘れなさい。
その方があなたの為だ。
我が主君は・・・・・・・・・。
あなたが思うような、甘いお方ではない。
それだけは確かだから。」
魔導を発動した。
空間移動など、今のカインにとって造作もないことである。
ゆらゆらと辺りの空気が揺らめき始め、やがて一瞬にしてその光景が闇に融ける。
「似ていませんよ、レヴィアス様。
彼女は、けして。」
最後まで彼を見つめていた碧の瞳。
まっすぐで嘘の無い、そしてそれゆえに強い輝きの瞳。
空間移動の闇の中、その瞳からカインは自由になれないでいた。
そしてそれがけしていやではなく、むしろ温かい幸せな気分であることが、彼を惨めにさせていた。