金と銀(16)
外されたか。
舌打ちをしながら、どこかでほっとしている自分に、レヴィアスは気づいていた。
直撃していれば、彼女の身体は既にこの世にはないはずだった。
放った魔導には、それだけの威力がある。
彼女の身体は、それがそこにあったという痕跡さえとどめぬほど、綺麗にこの世から消え去っていただろう。
それをこそ、レヴィアスは望んだ。
髪の毛一筋残さぬほどに、彼女の存在全てを消滅させてしまうこと。
そうでなければ。
そうでなければ己の身内に残る彼女への思慕の念を、とても振りきれそうにないことを自覚していたからである。
だが、閃光は彼女の身体を貫かなかった。
傍にいた少年がそれを妨げた。
余計なことを!
そう思いながら、同時にレヴィアスは彼に感謝していた。
いまだそこにある、彼女のやわらかな身体、そして碧の瞳。
たとえそれが敵としてしか存在しえぬものだとしても、それでも感謝した。
彼女はまだ生きている。
その命がいとおしかった。
「素直におなりください。
愛しておいでなのでしょう?」
カインの言葉が脳裏を過った。
苦い笑いを、レヴィアスは噛み締める。
<そうだ。
そのとおりだ、カイン。
我はあれを愛している。
おまえの言うとおりにな。>
許されるなら、あのまま彼女の傍にありたいと思った。
それがたとえアリオスという偽りの姿であっても、それでもかまわないからとさえ。
それは彼女の方でも同じだろう。
はっきりと言葉に出して確かめた事はなかったが、そのことをレヴィアスは疑ってはいない。
だが2人ともに、その気持ちより優先されるべきものを持つのも同様で。
レヴィアスの野心、そして彼女の女王としての義務。
彼女は女王なのだ。
あんなにか細い頼りない姿をしていても、その身内に強大な力を秘めた。
その彼女に己が務めを忘れよとは無理な話である。
皇帝の座に執着するレヴィアスだからこそ、それは痛いほどによくわかることであった。
理解している。
だから無理だと思った。
自分の恋の未来には、行き止まりしかないのだと。
<それゆえにこそ、我はあれを殺そうと決めた。>
そう自分の心に語りかけた時、レヴィアスの身の内でざわざわと騒ぐ感情があった。
<なんだ?>
正体のわからぬ感情は、レヴィアスの胸の内でだんだんにはっきりとした姿をとり始める。
見たくない。
本能的に彼はそう思った。
だがその感情はやがて明確な言葉となって、彼の前につきつけられる。
<嫉妬さ。>
短い、残酷な言葉であった。
容赦なく急所をつく。
<自分では捨てる事ができないくせに、彼女には捨てる事を期待しているのさ。
女王としての義務を捨てて、おまえの傍にいることを選んで欲しいと。
おまえは嫉妬している。
彼女がおまえ以上に価値を置くものがあることに。
そのために、おまえを選んでくれない事に。
だから殺そうとしたんだよ。
自分のものにならぬなら、いっそ死んでしまえってさ。
ハッ・・・・。
情けないね。>
アリオスの言葉で語られたそれは、まごうかたなき真実であった。
急に様子の変わったレヴィアスに、アンジェリークを守る男たちは緊張を増した。
「おかしい。
あいつ、どうかしたのかよ?
油断するんじゃねぇぜ。」
アンジェリークを背中にかばうようにして、鋼の守護聖ゼフェルが張り詰めた声をかけた。
月を背にしたレヴィアスの動きは、止まっていた。
金色の瞳には、先刻までの残忍さはない。
<なにがあったの?
どうしたの、レヴィアス。>
彼の戦意が萎えたことは、一目でわかる。
本来喜ぶべき筈のそのことが、今のアンジェリークには気がかりであった。
<どうしたっていうの?>
金色の瞳は、力なく沈んで見えた。
ほんのわずかの間に、彼の内で何かが起こったのは明らかだった。
「レヴィアス!」
敵である男の名を、アンジェリークは呼んでいた。
気遣わしげに。
手を差し伸べるようにして。
弾かれたように、レヴィアスの視線が彼女に戻る。
複雑な感情の入り混じった視線。
微笑に似た表情が浮かびかけ、だがすぐにその表情は倣岸な皇帝のものに変わる。
「話にならぬ。
今のおまえでは、とても我の相手はつとまらぬな。」
低い声。
「いずれ近いうち、また会おう。
強くなれ、アンジェリーク。
その時は、我も、容赦せぬ。
楽しみにしているぞ。」
一瞬にして、レヴィアスの姿はかき消えた。
大きな月だけが、白過ぎるほど白く浮かんでいる。
だがアンジェリークの目裏には、はっきりと残っていた。
「話にならぬ。」と言いながら、泣きそうにさえ見えたレヴィアスの顔。
わざとらしい嘲笑を必死で作ったように見える、レヴィアスの顔が。