金と銀(19)
「お待ちしていましたよ。」
いくつめかの扉を開けた時。
聞き覚えのある低く、沈んだ声がアンジェリークを迎えた。
「とうとう・・、お目にかかることになりましたね。
こんな形で。」
闇の守護聖クラヴィスの姿をしたその人は、そこだけが本物と異なる赤い瞳に寂しげな微笑を浮かべて、アンジェリークに語りかけた。
「あの時、私は言った筈です。
今度会う時には、敵同士だと・・・。
だから・・・、私も手加減はしません。」
彼と同じ赤い瞳をした兵士たちが、ばらばらと彼の前に散った。
戦闘状態に入るつもりらしい。
問答無用の攻撃が始る。
兵士の放った矢が彼女の左腕をかすめ、熱いと思った次の瞬間、鋭い痛みが襲ってきた。
戦闘体勢になかったアンジェリークは、ふいをつかれて小さな悲鳴をあげる。
「つ・・・。」
「言ったでしょう?
手加減はしません。」
カインの口調は、冷たかった。
まるで無表情である。
彼は本気なのだと、アンジェリークにしっかりと悟らせた。。
金色の閃光。
続いていくつもの光の矢が、敵陣に降り注いだ。
まず真っ先に倒れたのは、アンジェリークを傷つけた兵士だった。
光の矢は、見事に彼の心臓を射抜いている。
「他人の姿を借りねば、この世に在ることさえできぬ身が!!
不浄の者よ。
汚れた手で、アンジェリークに触れる事は許さぬ。」
蒼い瞳が、かっと敵陣中央のカインを見据えていた。
背中にアンジェリークをかばい、ジュリアスは小さな声で問いかける。
「大事無いか?
アンジェリーク。」
ふ・・・・・。
暗く翳のある笑い。
カインの漏らした声だった。
「それでは、愛の告白と同じことですね。
愛しい者を傷つける事は許さぬ・・というところですか?
あなたも・・・、苦しい恋をしているようだ。
本当に、この感情だけはどうにもならぬものですね。
たとえ今が戦いの最中であっても・・です。」
蒼い瞳に怒気が閃いた。
心の奥深く沈めてきた思いを。
沈めなければならぬと言聞かせてきた思いを、引きずり出され嘲笑されるなど、許せるものではない。
だがその視線の先、赤い瞳にあったのは、嘲りではなかった。
むしろ痛み。
<この者にも、似たような思いがあったのやもしれぬ。>
そう感じた。
だが今は、戦いの最中である。
敵の心中を慮っている暇などない。
もう1度、ジュリアスは口を開いた。
「要らぬことだ。」
そして腰の剣をすらりと抜いた。
美しく輝く切っ先を、すいとカインに向ける。
「さがれ、不浄の者よ。
私は、無用な殺生を好まぬ。
たとえ、おまえが既にこの世にないものだとしても・・だ。
おとなしくそこを退け。」
痛みをのせた微笑はそのままに、カインが静かに首を振った。
「それはできません。
これは主命。
あなたにも、おわかりでしょう?」
そう応えると、目を閉じた。
呪文の詠唱が始る。
薄紫のオーラがゆらゆらと、辺りの空気を揺らし始めた。
「さがれ、アンジェリーク!
来るぞ。」
振りかえったジュリアスが、アンジェリークを突き放した。
後ろに控える仲間に、最も大切な少女を渡そうとする。
あの紫のオーラは、間違いなくこちらを狙ってくる。
受けるのは、彼の身一つで良い筈だ。
我が身を盾として、なんとしてでも彼女を守ろうと思う。
「もう・・・・、良いんです。」
アンジェリークが首を振る。
碧の瞳を見開いて。
「ここを抜けなきゃ、終わりはこないんでしょう?
だったら、私、逃げません。」
蒼白な顔。
だが口調は、しっかりしていた。
「終わりにしたいから。
もう・・・、こんなの終わりにしたいから。」
独り言のようにそう言うと、彼女はジュリアスの前に立った。
「アンジェリ・・・。」
引き戻そうとしたジュリアスの腕は、空を切る。
彼女の身体は、宙に浮かんでいたから。
白い大きな翼が、彼女の背にあった。
金色のまばゆいオーラが、やわらかく優しく辺りを染めてゆく。
カインの放った波状のオーラは、金色の光に吸いこまれてしまった。
金色の光は、そのまま敵陣にあるすべての兵を直撃した。
魔導によって生み出された彼らに、浄化の輝きが絶えられる筈もない。
瞬時にして、消え去った。
残るはカインただ1人。
精一杯の気力で持ちこたえてはいたが、それも時間の問題だった。
所詮、彼もレヴィアスの魔導で生み出された一人なら、消え去った兵同様、女王の浄化の光に耐えられるはずもない。
カインの表情が苦痛に歪んだ。
それでもアンジェリークは、その力の放出を緩めない。
やがて力尽き、カインががくりと膝をついた。
「あなたの覚悟、見せていただきました。
もう・・・、これまでです。
一つだけ、お願いが・・・。
聞いていただけないだろうか?」
その身体は半ば以上透きとおり、今にも消え去ろうとしているカインが、必死の表情でアンジェリークを見上げていた。
ふ・・と、金のオーラが消える。
カインの傍に、白い翼の天使が舞い降りた。
「レヴィアスさまを・・・。
あの方を、どうか・・・。」
乱れた息の下から、カインは言った。
「本当に大切なものは、一つしかない。
その事に、気がついておいでのはずなのに、つまらぬ意地をはっておいでです。
それが・・・・、どんなに愚かしいことか・・・。
どうか、あの方をお願いします。
あなたに・・・・。
あなたなら・・・、きっと。」
赤い瞳に、優しい微笑が浮かんでいた。
元々彼のものであった、銀色の瞳が映した表情そのままに。
「愛しておいでですよ。
あの方は・・・、あなたを。
その事を、どうか忘れないで。
どうか・・・。」
最後の言葉は、空気に融けた。
その時、既にカインの身体は、綺麗に消え去っていたから。
影一つ残さず、綺麗に。
アンジェリークは、無言をとおした。
大きな碧の瞳はしっかりと見開かれ、目の前で起こったことすべてを、みんな見届けていたけれど。
カインの最後の願いに、彼女はなにも応えなかった。
応えようがない。
レヴィアスを救う?
どうやって?
彼女の方こそ、その方法を教えて欲しいと思ったから。
こうしてカインを葬ったように、次はレヴィアスをこの手にかけるのだ。
かけなければならない。
そうしなければ、終わりが来ないのだ。
決めたはずなのに、まだ彼女は揺れていた。
どうすれば良い?
どうすれば!?
消えてしまったカインの幻に、アンジェリークは問いかけていた。
幻は笑う。
「あなたを・・・愛しておいでですよ。
大切なものは一つ。
あなたにも・・・、あの方にも・・・。」