金と銀(2)
黒い煙が皇宮を覆う。
一斉に放たれた火矢が、そこかしこで火の手を上げていた。
「緩めるな。
間断なく射続けよ。」
城門近くにまで馬を進めたカインが、檄を飛ばした。
ついに後宮へまで届いたオレンジ色の軌跡を確認し、カインはゆっくりと振り返る。
「よろしいのですか?
本当に。」
彼の背後、少し離れた馬上に、黒髪の皇子があった。
金と緑の瞳は、まっすぐに後宮を見据えている。
「母君が・・・、おそらくはあちらにおいででしょう。
恐ろしい思いをしておいで・・・・・・。」
言いかけたカインの言葉は、途中でさえぎられる。
「母とは誰か!?」
短く、強い言葉で。
金色の右目が光る。
「我に母はない。」
女たちの叫び声が高くなる。
後宮に回った火の手は、さらに勢いを増していた。
馬が駆けて来る。
銀色の甲冑に身を包んだ男は、レヴィアスの前で馬を止め、馬上でそのマスクを外した。
暗い金色の短髪に、切れ長のとび色の瞳の彼は、みるからに貴族階級出身の整った美貌をしていた。
しなやかな長身をひらりと舞わせ、馬から下り立つ。
そしてレヴィアスの馬前に、片膝をついた。
「キーファ、御前に。」
キーファ。
こいつか・・・・。
レヴィアスの傍で、カインは微かに眉を寄せた。
皇子はキーファをもって、血族の命を絶たせるつもりのようである。
確かに、その任に彼ほど適した者はない。
残忍で冷酷で、そしてレヴィアスにのみ忠実な男であった。
酷いやり口になるだろう。
陰惨な殺戮の場が、カインには見えるようであった。
おそらくは、後宮の女といえど手加減なし。
ちらとも表情を変えず、容赦なく切り捨てるはずだ。
「既にカーフェイが中にある。
現在皇帝の一族を探索中だが、どうやら手間取っているようだ。
旗下の騎士団、「氷鋭」を率いて行け。
行ってとどめをさせ。」
戦況は明らかに優勢であったが、それでもレヴィアスはいらだっていた。
欲しいのはただ一つの報。
皇帝の所在を知らせる、狼煙であった。
それなくして、完全な勝利はありえない。
だが弑逆のその場に、彼が立ち会う必要はない。
そんな芝居がかった演出を、レヴィアスは必要としていなかった。
1番大切なことは、皇帝の死とその証明である。
つまり確実に皇帝の首を取り、そしてそれをレヴィアスの前に差し出せる者がいれば良いのである。
だがこれが存外に難しいものであることを、レヴィアスは承知していた。
悪政を敷き、蛇蝎のごとく忌まれる現皇帝であるが、「皇帝」、この称号の力はやはり偉大である。
この宇宙を支配する、至尊の地位にある男を目前に置けば、並の者ならひるむであろう。
並ではない者。
それが必要だった。
先に送りこんだカーフェイは、元テロリストである。
彼と彼の率いる騎士団「流影」は、もっとも合理的な方法で、レヴィアスの目的を遂げてくれると思われた。
だが彼らが皇宮に入ってからかなりの時間が過ぎたというのに、いまだ合図の狼煙は上がらない。
迷路のように入り組んだ皇宮である。
カーフェイには緻密な見取り図を持たせたが、ここはやはり実際にその場を知る者をやるべきか。
そう考えた時、レヴィアスはすぐにキーファの名を挙げた。
今、自分の前に膝を折る彼を見て、自分の判断は正しかったと感じる。
「キーファ。
宝冠をつけたブタは、まだ逃げ回っているようだ
行って狩れ。
そしてその首、我に見せよ。」
「御意!」
短く応えて、キーファは立ちあがる。
とび色の瞳は酷薄な微笑で飾られて、皮肉な事にそれが彼の美貌をいっそうひきたてていた。
重い甲冑を着けているとも思えぬ優雅さで、彼は馬に飛び乗った。
鐙で馬の脇腹を蹴る。
あっという間に、彼の姿は遠くなった。
「待て、キーファ。」
旗下の騎士団を引き連れる為、いったん自分にまかされた陣地に戻りかけたキーファの背に、蹄の音が近づいていた。
「ち・・・。」
小さく舌打ちをして、キーファは馬を止める。
「カイン・・・。
私は急いでいるのですが?」
迷惑げな表情を隠そうともしない。
同じくレヴィアスの旗下で参謀を務める身でありながら、その性質の違いの為か、どうにも気の合わぬ2人である。
「わかっている。
用件のみ言おう。
皇帝は良い。
だが、後のお二方は殺すな。」
銀色の瞳が、キーファーを見据えた。
強い視線。
わずかの間、とび色と銀の視線はぶつかり合った。
くっ・・・・・。
沈黙を破ったのは、キーファの抑えた笑い声である。
「カイン、正気ですか?
レヴィアスさまの命に逆らうと?」
「親殺しの汚名を、あの方に着せてはならぬ。
たとえあの方ご自身が、そう望まれたとしてもだ。
皇帝となるあの方にとって、それは必ず傷になる。
良いな、キーファ。」
厳然と、カインは言い渡した。
親殺し。
それは道義上、最も忌まれる罪である。
皇帝といえど、例外ではない。
カインの言うことはもっともで、キーファにもその意味するところは理解できた。
弑逆は良い。
現皇帝こそ、レヴィアスの父からその地位を簒奪した本人なのだから。
レヴィアスが彼を殺したとしても、正確には弑逆にあたらない。
だが親を殺すとなれば、話は別である。
どんな理由があったにせよ、帝位につく者がその親を殺してはならない。
せいぜい軟禁か幽閉、この程度が限界である。
民はその潜在意識の中で、皇帝を畏敬の念をもって仰ぐものである。
だが潜在下の意識だからこそ、厄介でもあった。
そこでは親殺しの大罪は、けっして許されない。
もし殺せば、レヴィアスは統治の始めから、民の不信を買うだろう。
それは避けねばならない。
レヴィアスの才能を、優しさを、カインは知っている。
それが損なわれる事を、彼は惜しむのだ。
「キーファ、わかるな?」
ふんと鼻を鳴らし、キーファは顔を背けた。
「約束はできかねますね。
ですが、そうですね。
覚えてはおきましょう。」
再びキーファは馬を駆けさせる。
舞いあがる砂煙。
今度こそ、彼はカインの目の前から消えた。
「じき・・・だな。」
窓という窓から、火の手と煙が立ち昇っている。
皇宮は既に炎の塔と化した。
もう間もなく落ちるであろうそこに、カインは銀色の視線を投げた。
「命乞いをなさいませ。」
低くつぶやいた言葉は、後宮にある女性に向けられたもの。
この際、かの女性が彼の主君ほど誇り高くはないことが、救いだった。
恥も外聞もなく、息子の膝下にすがるだろう。
それで良い。
主君レヴィアスの胸の苦渋を察しながらも、カインはそう思う。
大きな破裂音が続く。
翻る銀の旗印。
キーファ率いる騎士団が、新たに突入を始めた。