金と銀(20)
「逝ったか・・・・。」
復元された王宮の奥、緋色の絨毯が敷き詰められた玉座 の間。
金と緑の異眼が、静かに閉じられた。
「許せ、カイン。」
何を許して欲しいのか。
口にしたレヴィアス自身、はっきりとはわからない。
次々と配下の主だった部下が倒され、ついに最も忠実な 参謀、レヴィアスにとってはそれ以上の親しい存在であ ったカインが逝った。
つい先刻。
その気配が消えた時、戦の実質的な勝敗は、既についた とレヴィアスは悟った。
「夢は夜みるものよ。」
遠い遠い昔、あきらめたように笑ってそう言った声があ った。
碧の瞳には、年齢に不似合いな苦渋。
あれは初恋の相手のもの。
彼を残して死んだ、あの少女の。
「レヴィアスと私が・・・・?
そんなの夢、ううん、ありっこないことだわ。
ありえないこと。
できないことよ。」
彼女の家には居間をかねた小さな台所があって、そこで レヴィアスは少女に結婚してほしいと申し込んだのだ。
その答えは、にべもないもので。
「奥様がなんておっしゃるか。
それに、だいいちレヴィアスの立場が悪くなるわ。
庶民の、しかもこんなに貧しい私を妻になんてしたら、 きっと笑われる。」
寂しげな笑いには、心の底にある未練がたっぷりと混じ っていたと思う。
けれどきっぱり、彼女は首を振る。
「だめよ、レヴィアス。
それはできない。」
あの時、レヴィアスはとても怒ったものだ。
身分など、彼女のためならいつでも捨てるつもりでいる のに。
自分の気持ちがなぜ伝わらないのかと。
だが10年過ぎた今ならわかる。
エリスが拒んだ本当の理由。
彼女にはわかっていたのだ。
欲しいものを手に入れられなくて、ただすねてふて腐れ ているだけの幼いレヴィアスの気持ちが。
捨てるつもりなどない。
もし皇帝になれるというのなら、その希望が残されてい るのなら、その時の彼は皇族の身分を捨てたりなど絶対 にしなかったろう。
エリスを正妃にできずとも、きっと皇帝であることを選 んだはずだ。
向き合うことから、彼は顔を背けていた。
それが単なる思い込みだったとしても、その時の彼にと って皇帝の地位とは、全能であることへのパスポートで あったのだ。
それさえあれば、誰も彼を侮れぬ。
それさえあれば、すべてが彼の思うままになる。
本当に全能の神のような存在に、彼はなれるのだと。
だが現皇帝である叔父は、彼を憎んでいた。
たった一人の甥である彼を、満座の前で辱め嘲弄した。
そんな毎日が続き続き、レヴィアスはだんだんにあきら めることに慣らされていった。
そしてどうせ手に入らないものならと、自分の気持ちか ら目を逸らしていたのだ。
だからエリスは首を振った。
レヴィアスにとっての自分の価値を、彼女は本能的に感 じていたのだろう。
だが彼女はレヴィアスを愛していた。
それも本当で。
レヴィアスをさらに腐らせるため、そのためにエリスを 側室にと皇帝の命が下りた時、彼女は従うことができな かった。
レヴィアスにとっての自分の価値は十分知っていたけれど、同時に自分にとってのレヴィアスの価値も彼女は知 っていたから。
二つとない、大切なもの。
この男なくば、生きていく甲斐もないと思うほどの、大切な存在。
だから彼女は死を選んだ。
ひっそりとたった一人で、自分の中のその価値に従った。
今になってレヴィアスは思う。
あの時、レヴィアスは自分の不甲斐無さを呪った。
だがそれは、本当の意味での不甲斐無さに気付いていたのではなかったと。
エリスを守れなかったのは、彼が皇帝にはむかう力を持たなかったからではない。
そうではなく、彼が正直ではなかったからだ。
自分の望むものを正視できなかったから。
ぐずぐずと思い悩み、あきらめ、そして完全にはあきら められず、また振り出しに戻ってぐずぐずと思う。
ふてくされ、すねて、そして逃げた。
エリスの優しさに、彼は逃げた。
それこそが、彼の不甲斐無さ。
それこそが、エリスを死においやった本当の理由であっ たのだと、レヴィアスは苦い思いで今は認める。
「素直におなりください。
愛しておいでなのでしょう?」
カインの言葉が脳裏をよぎった。
逝ってしまった忠実な友の、最後の言葉。
「そうだ・・・・な。
カイン、お前のいうとおりだった。
我は情けない男だ。
どれほどの魔導をあやつれようと、意気地のない愚かし い男だ。」
今からでも・・・・。
甘い希望がレヴィアスの胸でざわついた。
気付いた今なら、素直になれるのではないか。
愛していると告げられる。
迷うことなく、あの愛しい少女に、自分の胸の内を。
そう考えて苦笑した。
無理だ。
今さら遅い。
彼はもう、事実上破れたのだ。
昔断頭台に曵かれていったあの時と同じ、今は大罪人の 身であった。
少なくともこの世界では、彼は公然と自分の幸せを望め ない。
情けを乞うのはまっぴらだった。
誇り高いレヴィアスには、命乞いなど、はなから頭にな い。
すべて遅いのだ。
これが運命というものかもしれない。
結局、自分には縁がなかった。
胸の温まるような、あのほっとした感覚。
安らぎとか幸せとか、他人がいろんな表現をするあの優 しい感覚は、自分には永遠に手に入らぬもの。
ならばもう、このまま討たれてやろうと思う。
誰よりも愛しいあの少女の手にかかって。
冷酷で残忍な侵略者の顔のまま。
扉の前に人の気配がした。
かなり大勢の気配。
「来たか。」
そう口にしながら、レヴィアスは微笑した。
それは彼自身の決意に逆らった、優しくいとおしむよう な微笑で。
<会いたかった。>
レヴィアスの心中をなによりも表す表情だった。