金と銀(21)

「二人に・・・・・。
すみませんが、しばらく私とレヴィアスを二人きりにしてください。」
彼女を守って傍を離れない仲間たちを振り返り、栗色の髪をした少女はそう言った。
続きを口にしようと開きかけた唇をきっと睨み、即座に彼女の言葉を遮ったのは光の守護聖ジュリアスだった。
「ばかなことを!
そのようなことはできぬ。
相手は皇帝だ。
おまえの優しい気持ちが通じるような相手ではない。」
玉座に続く長い階段の上、彼等は今ようやく敵の首魁、皇帝レヴィアスと対峙していた。
そしていよいよ戦闘が始まろうというその時になって、彼等の大切な少女はこんなことを言い出したのだ。
納得できるはずもないジュリアスだった。

「ふ・・・・。
その男の言うとおりだ。
今更我に何を求める?
無駄なことだ。
潔く戦え。
そして我を討て。
そのために、お前はここにきたのだろうに。」
漆黒の髪の下、きらめく金色の瞳。
もう片方の緑の瞳は、こぼれかかる前髪によって隠されていた。
意地悪く歪められた唇の端。
それはまさに敵の表情だった。
だが彼女はちらりとも動揺をみせない。
碧の瞳を心もち伏せただけ。
小さなため息を一つもらした。
「ちょっと黙ってて。」
信じられないようなことを口にする。
仲の良い恋人が喧嘩している最中のような、緊張感のない言葉。
少なくとも、今この場にとてもふさわしいとは思えないような。
ふいをつかれ、毒気を抜かれたレヴィアスを無視して、少女はさらに続けた。
「とにかく、大丈夫ですから。
お願いです。
二人にしてください。」
あまりに強い調子に、ジュリアスの蒼い瞳がひるんだ。
「お願いですから。」
重ねて言う彼女に、炎の守護聖オスカーが間に入った。
「何を考えているのかはわからんが、仮にもアンジェリークは女王陛下だ。
その命に従わないわけにもいくまい?
ここは皆、言うとおりにしよう。」
その言葉をきっかけにして、彼等は扉の向こうへ退いていく。
「何かあったら、必ず助けを呼べ。
良いな。
アンジェリーク。」
ジュリアスの言葉が最後だった。
扉はパタンと閉じられて、広間にはレヴィアスとアンジェリーク、二人だけが残された。

「どういうつもりだ?
生贄にでもなるつもりか?
さすがに女王。
見上げた心がけだ。」
挑発的な言葉を吐きながら、内心レヴィアスは動揺していた。
彼女がなにを考えているのか、全く見当もつかない。
彼女との距離は数メートル。
近くもなく、遠すぎもしない。
その距離は、まるで彼等二人の心の距離のように見える。
「最初から負けるつもりの人相手に、戦う必要なんてないからよ。」
ようやく彼女が口を開いた。
碧の瞳は無表情で、それはレヴィアスが初めて見る彼女の顔だった。
「レヴィアス、あなた、もう前ほどの力、残ってないでしょ?」
まっすぐに見つめてくる碧の視線。
「この部屋に入って、すぐにわかった。
あなたから感じる力が弱っていること。
あの夜、初めてレヴィアスが私を攻撃したあの夜、あの時感じた力とはまるで違ってたもの。」
レヴィアスの金色の瞳に微笑が浮かんだ。
さすがに女王。
見破られるとは思いもしなかった。
カインをはじめとする部下たちが、思うままに魔導を操り、また生きた人間同様であれたのは、すべてレヴィアスの魔導のコントロールあればこそであった。
一人彼等を失う度、レヴィアスの魔導の力は混乱し多少ならず弱まっていく。
それを一時に失ったのだ。
今のレヴィアスは、己一人の身を守るのがようやくのはずである。
そして目の前の彼女はと言えば。
あの時とは比べ物にならぬほど、力を増していた。
もともと女王のサクリアをもつ彼女であれば、それは不思議ではないことであったけれど、それにしてもわずかの間に驚くほど強くなっている。
金色の薄い霧状の光が、彼女の体を柔らかく包んでいる。
とてもかなうまい。
それはレヴィアスにもわかっていた。
だが、それを認めるわけにはいかない。
認めれば、彼女は彼に情けをかける。
そして助けてやろうと言い出すに決まっているのだ。
それはできない。
してはならないと、レヴィアスは思う。
仮にもこの宇宙の女王を幽閉し、侵略しようとした大罪人が、異次元の宇宙とはいえ、ともかくもこの世界に関わる女王の私情によって、赦されて良いはずもない。
それでは秩序が保てない。
彼女のために、それは良くないことに違いなかった。
「おまえの情けなど、いらぬ。
我は皇帝。
誰の情けも受けぬ。」
だから昂然と言い放つ。
少しの優しさも混じらぬ、冷酷な皇帝の表情で。
「我を侮るな。
おまえ一人、くびり殺すことなど、造作ないことだ。
愚かしい情けを、黄泉の底で悔やむが良い。」
残る魔導の力を集約する。
紫の霧がレヴィアスの体から立ち上りはじめた。
<我を討て!>
心の叫びは声に出さない。
代わりに、意識した敵意を紫のオーラにこめた。
彼女がためらうことなく、自分を討てるように。
それが、今の彼に唯一できることだったから。