金と銀(22)

ドン・・と大きな音がして、空気が震えた。
アンジェリークの身体は宙に舞い上がり、そこから石造りの床に叩きつけられる。
「アンジェリーク!!」
自分で放った魔導であったのに、レヴィアスは狼狽した。
まさかまさか、彼女がそのまま受けるとは。
当然防御してくると思っていた。
今の彼の力なら、彼女は余裕をもってはね返せたはずである。
「なぜだ?
なぜ!!?」
よろめく足で、少女は立ち上がる。
「決めたからよ。
カインさんにしたように、私の力をあなたには向けない。
そう決めたから。」
その唇の端から、つうと赤い糸。
叩きつけられた衝撃で痛めたのだろう。
右腕をかばうようにして、彼女はようやく立っていた。
「我に、殺されるつもりか?」
かさかさに乾いた喉に、声が貼りつくようだ。
手向かわないと彼女は言う。
それで自分はどうすれば良いのか。
「私を殺して、あなたの気が済むのなら。」
碧の瞳に優しい微笑が浮かんだ。
「私はもう、自分の義務を果たしたと思ってる。
レヴィアス、あなたにはもう、この宇宙を侵すだけの力がない。
だったら、後は私の好きにして良い筈よね?
だから決めたの。
私はあなたと戦わない。」

彼の為に殺されても良いと言う。
それで気が済むのならと。
気が済む?
ばかな!
そんなことをすれば、彼は未来永劫救われない。
最も大切な存在をこの手にかけて、その後なんの為に生きていくというのか。
レヴィアスの金色の瞳に、苛立ちが浮かんだ。
さっさと幕をおろしてもらわなくては。
「甘いな。」
くすりと鼻先で笑って見せた。
「我は何度でも蘇る。
そして望むものを手にいれよう。
今おまえがしていることは、未来の敵を野に放つ事だ。
おまえの守るべき宇宙の為に、おまえがすべき事は一つだ。
我なら・・・。
我がおまえなら、ためらわずとどめを刺すだろう。」
わずかの間があって。
彼女が口を開いた。
「帰りたいんでしょ?」
碧の瞳がじっとレヴィアスをみつめていた。
「な・・にを?」
「あなたは帰りたいんでしょう?
あの故郷の惑星に。」
アンジェリークはゆっくりと、レヴィアスの傍に近づいた。

「あなたが故郷へ帰りたいって言うのなら、それがどうしても必要な事だって言うんなら。
良いわ。
私がついて行く。」
「な・・にを。
おまえは女王であろう?」
嘲るように笑い飛ばしてはみたものの、レヴィアスは激しく動揺していた。
本気か・・・。
本気なのか?
「簡単な事よ。
どっちが大事かってこと。
選んだの、私。
だから本気よ。
ついて行くわ。」
青みがかった緑の瞳は、まっすぐにレヴィアスを見つめている。
嘘のない、きっぱりとしたその色に、レヴィアスの胸はしめつけられる。
無意識に手を伸ばしていた。
彼女の頬に触れようとしている己の手に気づき、彼ははっとその手を引き戻す。
もう一方の腕でその手を掴んだ。
腕が震えている。
小刻みに。
触れたい。
彼女に触れたいのだと、レヴィアスの身体は叫んでいる。
だができない。
彼はこの世界にとって、憎むべき侵略者だった。
結果こうして敗残の身が、どうして今更彼女の愛を求められようか。
震える腕を掴んだまま、レヴィアスは低く笑った。
「愚かなことを言う。
それがおまえたちの言う愛とやらか?
女王ならば、いますぐ我にとどめをさせ。
それがおまえの・・・、女王の務めだ。
侵略者には相応の報いを与えよ。
命乞いはせぬ。」

「ばかはどっちよ!?」
高い声で、彼女が叫んだ。
「女王を辞めるって言ってるのよ?
聞こえなかったの?
放り投げるって言ってるの。
女王の務め?
もう関係ないわ。」
泣いていた。
彼女が、泣いている。
大きな瞳は全開で、怒りと苛立ちを映し、さらにもう一つ。
そのもう一つの色が、レヴィアスの心を縛り上げる。
愛していると、自分を愛していると、こぼれる涙の源は言っていた。
「女王だから要らないって。
あなたがそう言うのなら、今すぐ戻るわ。
ただの、普通のアンジェリークよ。
私は!」
心の氷が融けて行く。
必要だと言う。
こんな自分でも、彼女は必要だと言ってくれる。
そして他のものは要らないと。
すべて捨てるのだと。
あんなに大切にしてきた彼女の宇宙、生まれたばかりの星々の命さえ。
十分だ。
もうこれで・・・。
彼女の真心だけで、自分は救われた。

「ばかだな、相変わらず。
お人よしで、とんでもないバカ。」
レヴィアスが笑った。
薄く、だが幸せそうに。
「抱いても良いか?
おまえを・・・・抱いても。」
静かな微笑をたたえ、低く問いかける。
見開かれた緑の瞳から、新たな涙の粒が生まれ、頬を伝う。
次の瞬間、彼女は飛び込んできた。
レヴィアスの胸に、しがみつくようにして。