金と銀(4)
「おかしい・・・・・。」
しばらく前から、カーフェイは思っていた。
知らぬ間に、左親指のつめを噛んでいる。
皇宮の奥深く。
敵味方入り乱れての、混戦状態であった。
ぼんやりと突っ立ったままの指揮官カーフェイを、敵が放っておく筈もない。
「たぁ!」
すぐに敵が襲いかかってきた。
カーフェイは、それでも考え事をやめない。
「うるさい。」
独り言に近い音量で、ぼそりと口にする。
と同時に、彼は右腕を軽く動かした。
途端、傍に迫った守備兵が、ばさりと切り倒される。
ただの物体と化した、その身体は崩れ落ち、嫌な音をたてて床に沈んだ。
だがすぐにまた、新手が襲い来る。
「集中できない。
邪魔するな!」
赤い瞳がぎらりと光る。
カーフェイ特注の長剣が、無駄のない動きで振り下ろされた。
後には2つの死体。
どさりと床に崩れ落ちるそれに、彼は見向きもしなかった。
「ずいぶんと、てこずっているようですね。」
からかうような声がする。
カーフェイの機嫌は、さらに悪くなった。
「キーファか。」
面白くもなさそうに、傍に立つ銀の甲冑の男を睨みつけた。
「なぜ来た・・・と、聞くわけにもゆかないな。
確かに、時間がかかり過ぎた。
挙句、この有様だ。」
戦場にあっていささかも乱れぬ涼しげな美貌の同僚にちらりと一瞥をくれ、その後すぐにカーフェイは目をそらした。
相変わらずすましかえったツラだ。
食うや食わず、それどころか命の保証さえもない。
そんな戦乱続きの環境で育ったカーフェイには、目の前の同僚がどうしてもカンに障る。
所詮はお貴族さまだからな。
いつもどこかでそう思っていた。
カーフェイとは違う世界に住む人間だ。
同じ主君を仰ぐ同僚ではあっても、仲間ではない。
彼にとって仲間とは、貧しい故郷の星で共にテロに明け暮れた「流影」の面々だけである。
だが今、そんなこだわりに関わっている暇はない。
皇帝一族の気配が消えていた。
広い皇宮をくまなく探したというのに、彼らの気配は全くしないのだ。
焦っていた。
一族の探索、そしてその首をとること。
この2つを、彼は主君レヴィアスから命じられていた。
それなのに、このザマだ。
忌々しい事だが、この際自身のプライドや好き嫌いにはかまっていられない。
助力を乞おうと思う。
剣の技の確かさや、頭脳の明晰さ、そして誰よりも冷酷無比なキーファの性質を、十分理解はしていたし、認めてもいたからだった。
「気配がしない。
これだけ探しても、全くだ。」
背中をキーファに預け、正面から襲い来る敵を次々と切り倒しながら、カーフェイは小声で言った。
「逃げられるわけはない。
出口はすべて固めてあるからな。
必ずいる。
ヤツラは中にいるはずだ。
だが・・・・・・。
どういうことだ?」
背中合わせのキーファの姿は、完全に彼の視界の外にある。
にもかかわらず、ぐしゃりと鈍い音がする度に、いつもどおり表情も変えず剣を振るうその様が、カーフェイには見えるようだった。
もう何度目かの鈍い音。
「確かにおかしいですね。
あなたが探したのです。
万に一つの、抜かりもなかったことでしょうからね。
ま・・さか・・・。」
キーファの声に翳りがあった。
怖れを知らぬ男である。
それを承知しているカーフェイだったから、不吉な予感に背筋が凍る。
「まさか?
まさか何だと言うんだ!?」
既にカーフェイも気づいていた。
「あの・・・、あの魔導士どもが動いた?
ま・・・さか。
そんな筈はない!!!!」
抑えた叫びが、カーフェイの喉を焼いた。
帝国の魔導士。
それは人里離れた山の奥で、ひっそりと、だが絶大な勢力をもって生きる集団であった。
不可思議な魔導の数々を操るその集団は、時に皇帝さえも凌ぐ権力をもってきた。
その修行たるや苛酷を極め、中途で命を落とすなど珍しくもないことである。
主君レヴィアスは、その修行に耐えぬいた。
奥義を極め、ついには帝国一の魔導士となる。
つまり現在かの山に、レヴィアス以上の魔導士はいないはずであった。
だがそれはあくまでも力に限ってのこと。
かの山の長老は、レヴィアスに伝えない奥義をいまだいくつか隠し持つ。
そしてそれは、やがて皇帝となるレヴィアスへの牽制にもなるはずであった。
開戦に際し、レヴィアスと長老との会談の場が設けられ、その場でレヴィアスは言ったのだ。
「何もしないこと。
それが条件です。
この山がこの先も平和である為の。
受けていただけますね?」
皇帝軍、レヴィアス軍、そのどちらからも中立を保ち、手出しをしないこと。
そうすれば、レヴィアス勝利の暁に、相応の礼をしようと言ったのである。
それを、長老は飲んだ。
そのはずであった。
だが、この現状はどうだ。
煙のように消えてしまった皇帝一族の、身柄はどこにある?
かの山が裏切った。
そう考えるのが、最も合理的である。
皇帝一族の行方だけなら、大した問題ではなかった。
魔導で隠されたのであれば、それなりの探し方がある。
方法を変えれば良いだけだ。
キーファとカーフェイが戦慄したのは、別の理由である。
かの山に残る手札、奥義の一つに、強力な攻撃魔導があるはずだった。
それを使われたら・・・・・・。
「ひとたまりもない。」
キーファが口にする。
「形勢逆転・・・だな。」
カーフェイの表情も、自然険しいものになる。
「とりあえず、急ぎレヴィアスさまに報告を。
御判断を仰ぐ。」
守備兵を切り払い、2人が出口への道を開き始めた時。
ごぉ・・・・・。
地が、空が、一気に唸りを上げる。
堅牢な石造りの皇宮が、激しく揺れた。
崩れかけた壁に手をつき身体を支えたキーファとカーフェイは、絶望的な思いでその顔を見合わせる。
「始ったようですね・・・。
どうやら遅過ぎたようだ。」
その瞬間、2人は敗戦を覚悟した。