金と銀(5)

石畳の大通りを、粗末な荷馬車がゆっくりと進んでいた。
木製の車輪は、朽ちかけたものらしい。
徒歩とさしてかわらぬ速度だというのに、車輪が回る度、ぎしぎしと嫌な音をさせている。
だがそれだけなら、さして珍しくもないものだった。
貴族や富裕な市民階級の持ち物ならともかく、一般庶民の荷馬車など、せいぜいこれと似たようなものであるからだ。
この馬車の異様の理由は、他にある。
馬車の周りを囲むのは、商人でも農夫でもない。
いかめしい顔をした警護の兵。
剣を手にした騎馬の兵だった。
頑丈な鉄柵の取りつけられた荷台には、黒髪の青年がある。
あちこち破れ、薄汚れた衣服ではあったが、しなやかな長身の彼のまとう雰囲気はそれによって少しも損なわれてはいない。
金と緑の瞳はまっすぐ正面をみつめ、ときおり激しく傾ぐ馬車の揺れにもそのバランスを崩す事はない。
沿道につめかけた物見高い群集も、その姿に野次を飛ばす事さえ忘れていた。
ただ呆然として見守る。
引かれて行く大罪人のその先を。
行く手には断頭台があった。
ここ数日で、既に多くの謀反人の血をすすった鈍い銀の刃が。
これは最後の大罪人。
首魁のレヴィアス皇子である。
皇族でありながら、畏れ多くも皇帝弑逆を企てた張本人。
恐ろしい魔導の力を持つ彼は、頑丈な皮の猿轡をかまされて、呪文の詠唱を封じられていた。
馬車はのろのろと進む。
ようやく、断頭台の待つ刑場へと到着した。

刑場広場中央、断頭台の正面に皇帝一族の臨席がある。
薄ら笑いを口元にためた皇帝。
その隣りには皇帝の兄大公。
おどおどと、息子の姿から目を逸らしている。
そしてその隣りに、大公妃。
既に喪服をまとった彼女は、いつもにもまして念入りに化粧をしている。
かすかに寄せた眉、青白い頬。
さすがにわが息子の処刑には、平静を保ち得ぬ様子であった。
だがレヴィアスの目には、それも映らない。
<もう良い。
俺は負けた。
後は、早く楽になりたい。
エリスの元へ行こう。>
銀の刃は、彼を恋人の元へ連れていってくれるだろう。
行こう。
そう決めて足を動かしかけた彼を、グイと下から引っ張る者があった。
ぐらりとバランスを崩す。
金色の瞳が、きらりと光った。
<下がれ、下郎!>
音にならぬ言葉とともに、レヴィアスは肩をゆすって兵の下卑た手をはねのける。
生への未練は、既にすっかり失っていた。
だが死を選ぶのは、あくまでも彼でありたいと思う。
誰かの手で刃の下へ据えられるのだけは、ごめんだと。
自分の最後の自尊心を苦笑しながら、彼は断頭台への階段を上る。
ゆっくりと・・・・。
その時、彼の視界に叔父の満面の微笑が入った。
いとも満足げに、そして意地悪く、彼はレヴィアスの姿を眺めていた。
<・・・・・・・・!!!>
憎悪は消えたわけではなかったと、彼は知った。
胸に巻き起こった激しい感情、それは見る見る間に赤黒い炎と化し、彼の身を焼き尽くす勢いとなる。
自分からすべてを奪った男。
あいつは生きている。
生きて、のうのうと笑っている。
で、俺は死ぬのか?
この俺が?
許せない。
いや、許すものか!!
レヴィアスは足を止め、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
わずかの間の後、再び開いたその目には涙が浮かんでいた。
色の異なる視線の先には、母を捉えて。
そして彼はひざまづいて、猿轡のまま大きく声を出した。
「母上!!」

にわかに取り乱したレヴィアスの姿に、皇帝は哄笑を抑え切れない。
「無様なことだ。
やはり死は怖いか。」
その彼の前で、レヴィアスはまだ意味をなさないわめき声を立てつづけていた。
悲痛な叫び。
大公妃が震えながら立ちあがる。
「陛下、どうかお慈悲を。
わたくし、あの子に会ってまいります。」
皇帝の返事も聞かず、彼女は刑場の息子の傍へと駆け出していた。
「レヴィアス!!」
駆け寄って、その胸に抱きしめる。
今まで一度も抱いたことなどなかった息子を。
レヴィアスの2つの瞳からこぼれる涙を、彼女はハンカチで拭ってやった。
「う・・う・・・。」
意味をなさないレヴィアスの声。
「ああ、なにか言いたいの?」
彼女は疑いもなく、レヴィアスの猿轡に手をかけた。
「だめだ!」
皇帝の言葉は遅かった。
するりと、彼女の手から猿轡が滑り落ち、
「母上・・・・。
感謝しますよ。
初めてあなたに。」
耳元にレヴィアスの低い声。
次の瞬間、レヴィアスの身体は彼女の腕の中になかった。
高く舞い上がり、中空に浮かんでいた。
哄笑が響く。
高らかに。
「我は必ず戻ってくる。
正統なる地位を取り戻す為に。
必ず。」
哄笑は次第に遠くなり、やがて消える。
その時には、レヴィアスの姿もなくなっていた。
「急ぎ結界を張れ!
あれが2度とここへ戻れぬように。
厳重な結界を張るのだ!!」
青ざめた皇帝の命令がヒステリックに響く中、国中の魔導士が強力な結界を張り巡らせた。
幾重にも、幾重にも。
故郷の地は、未来永劫彼を拒む。
そんな中、レヴィアスは消えた。
行方など、誰も知らない。
レヴィアス自身でさえ、己が行き先をその時まだ知らなかった。