金と銀(6)

「あっつぅ・・・・。」
まぶしげに目を細め、少女は恨めしそうに空を見上げた。
じりじりじりじり・・・・。
本当にそんな音さえしそうな、灼熱の日の光。
「まだ、とうぶん先ね。」
ため息混じりの声は、あきらかに疲れ果てていた。
「無理すんな。
移動は、日が落ちてからにするんだ。
んなの、おまえ、こんな気候の星じゃ常識だろ?
ったく。」
苦笑しながら近づいた銀の髪の青年。
彼女の頭に手を置いた。
「ほらほら、焼け焦げができそうだぜ?
ん・・、なんだかもう焦げ臭いかもな。」
彼女の髪に鼻を近づけて、さも驚いた風に言ってみせる。
「もう!!
また私をからかう。」
いつものように切り返してくるはずが、今日は違った。
ぐったりとした表情で、彼女は首を振った。
「だめ・・・。
休んでなんかいられない。
早く行かなきゃ。
ジュリアスさま、ルヴァさま、お二方の身になにかあったら大変だもの。」
「大事な大事な人間だってのはわかったがな、このままじゃ、そいつらを助ける前におまえがぶっ倒れるぞ?」
膝を折り、彼は自分の目線を少女のそれに合わせた。
青緑の大きな瞳をじっとのぞき込む。
「良い子だから、言う事をきけ。
休むんだ。」
それでもまだ首を振ろうとする少女の手首をひっつかみ、彼は道々みつけておいた手ごろな岩場へと彼女を引っ張って行った。
岩場のくぼみは影になっていて、ぎらぎらと照りつける炎天下にいるよりずっと涼しい。
「ふぅ・・。」
青年が息をつく。
「マシだろ?
ここで夜まで待つんだ。
快適・・とは言えないが、贅沢言ってられないだろ?
寝ろ。
少しでも休んでおけ。」
砂塵にまみれた少女の顔に、微笑が浮かぶ。
「そうする。
ありがと。」
口をきくのも億劫なほど疲れているようだ。
その言葉が終わらぬうち、少女は気を失うようにして目を閉じていた。
<やれやれ。
頑固な女だぜ。>
青年は苦笑する。
自分のことなど、この少女にはハナから頭にないのだ。
彼が止めなければ、まだ歩こうとしていただろう。
炎天下、倒れて気を失うまで。
<ばかだよな。
とんでもないバカ。>
すぅ・・・。
静かな寝息。
まるで安心しきった様子で、少女は眠っている。
青年の緑の瞳に、暗い翳が走った。
「疑いもしねぇのか。
こいつは。」
思わず声を出していた。
<おまえが1番警戒しなけりゃならない相手だぜ?
わかってるのか?
アンジェリーク、おまえは!?>
目の前で眠る少女の名は、アンジェリーク。
触れれば折れてしまいそうなか細い身体の少女の、そして宇宙を支配する女王の名であった。

故郷の宇宙を追われたレヴィアスは、当面の根拠地を求めていた。
暗い暗い宇宙空間を浮遊しながら、手ごろな地を探し続けた。
ふと頭に浮かんだイメージは、旧い城跡のある惑星。
暖かい金色のオーラに守られている。
健康的なそのオーラは、宇宙の中心に行くほど強くなる。
その結界を破るのは、疲労しきった今の彼の力では無理だった。
だがその惑星なら。
辺境の星らしく、そのオーラは他の地よりはやや薄い。
これなら。
レヴィアスは残るすべての力を集中して、その結界を破った。
そしてそこを根拠地として、彼は体力の回復につとめた。
その間に、彼は感じた。
金色の優しいオーラ。
暖かい力に守られたこの宇宙は、生き生きとしたエネルギーに満ち満ちている。
「ここを貰おう。」
この宇宙を手に入れて、そのエネルギーをもって、故郷の地へ再び戻るのだ。
決意すると、後は早かった。
持てる魔導の力で、次々と人の魂を染め変えた。
穏やかな生活を送っていたこの宇宙の人々を、忠実な彼の下僕に変えたのだ。
そして女王を追い詰めた。
この宇宙の力の源、聖女王を幽閉し、そして彼女を守る9人の男たち、守護聖を捕らえ監禁する。
もう1度故郷の地に戻るには、亡くした彼の部下たちを復活させる必要があり、その魂の入れ物に守護聖の身体はちょうど良い。
レヴィアスの計画は、面白いように上手く運んでいた。
だが。
あの時。
美しい女王補佐官が、幽閉直前に呼び寄せた少女。
遠く離れた別宇宙の女王だという少女。
侵略者と戦うのだと。
レヴィアスは声を失った。
「まさか・・・。」
栗色の髪、青緑の瞳。
気の強そうな2つの。
エリスに生き写しだった。
彼の愛したただ1人の少女、彼女が蘇ったのではないかと思うくらいに、少女はエリスに似ていた。
あの身体をもらおう。
レヴィアスは即座に決めた。
あの身体を入れ物に、エリスの魂を呼び寄せる。
再び故郷に戻る時、彼の隣りに皇后として並ばせるために。
それには、あの少女に近づく必要があった。
仲間のふりをして、すっかり安心させる必要が。
彼はその身を変えた。
黒髪を銀に、そして金の瞳を緑に変えて。
「名前が必要だな。」
そう思った時、迷うことなくある名が浮かぶ。
「アリオス。」
口にすると、懐かしい響きだった。
この響きを、彼は知っていた。
どこで、誰が、彼をそう呼んだのか。
思い出せなかったけれど、確かに彼はそう呼ばれていた。
どこかで。
あれはどこだったか。
「アリオス。」
細くて高いあの声は、誰のものだったか。
だが、考えても考えても思い出せない。
<まぁ良い。
どうでも良い事だ。>
それからレヴィアスは、時折アリオスになった。
自分を倒す事を目的とする少女の傍にあるために、そしていつかその身をエリスの器とするために。
それだけのために・・・・・。

「アリオス?」
うっすらと目を開けたアンジェリークが、不思議そうに彼をみつめた。
「あなたは眠らないの?」
その声に、彼ははっと我に戻る。
「怖い顔してた。
なにかあった?」
少女は心配そうに、口にする。
疑いもしないその表情に、彼の胸の奥がちくんと痛んだ。
<ばか・・・な。
情が移ったか。
しっかりしろ。>
目を閉じて、レヴィアスは自分を戒めた。
「なにもないさ。
俺のことは心配するな。
寝るさ。
だから・・・な。」
笑ってみせた。
怪しまれない為に。
「良かった。」
だが彼女はそう言った。
そして微笑んだのだ。
「アリオス、私を心配して、寝ないんじゃないかと思ったから。
良かった。」
こいつは、バカだ!
とことんおめでたいヤツ!
腹立たしい思いは、後ろめたさの裏返し。
激しい言葉を投げつけようとした彼の前で、少女は再び目を閉じた。
すぅ・・・・・。
規則正しい寝息が漏れ始める。
「ばぁ~か。
うぬぼれてんじゃねぇ。」
少女の頬に手を伸ばし、そっと漏らしたその声は、自分でも驚くほど優しいものだった。