金と銀(7)

「アンジェリーク・・・・・。
おまえか。」
少しの癖もない美しい発音だった。
語尾の子音に到るまで、まったくもって完璧である。
豪奢な金の髪。
伸ばした背筋、優雅な身のこなし。
見るからにただの人ではないとわかる。
威厳に満ちたこの男の名は、ジュリアス。
光の、そして首座の守護聖である。
司る力は、誇りを支配する。
その力の特性のまま、彼の姿は凛として、輝くように美しい。
切れあがった眦、とおった鼻筋。
2つの蒼い瞳の印象は清冽で、同時にとても激しいものである。
本質をむき出しのまま見透かされるような、そんな脅えさえ感じさせるほど。
その蒼い瞳に、なんとも言えぬ優しい微笑が浮かぶ。
「まさか、まさか私がおまえに助けられるとは・・な。
危なげで、心細げだったおまえが・・・・・・・。
立派な女王になったものだ。」
監禁などという、不自由で屈辱的な生活はさすがに堪えたらしく、疲労の色は隠しきれない。
だが日頃の彼にない翳のために、その微笑がよりいっそう美しく見えるのは皮肉な事であった。
「御無事でなによりでした。
本当に・・・、本当に・・・、御無事で。」
言葉につまりながら、アンジェリークはようやくそれだけを言った。
見れば大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
「私は無事だ。
大事無い。」
それでも彼女の涙は止まらない。
ジュリアスを見上げた瞳から、新しい涙が次々と生まれては頬を伝っていた。
「泣くな、アンジェリーク。」
困惑しきった様子のジュリアスが、彼女の肩に手をかけた。
「頼む。
泣いてくれるな。」
そう言いながらもジュリアスは、少女をその胸に抱き寄せるでもない。
2人の間には、節度ある距離があった。
だがその右手は離れない。
そっと、少女の肩を抱いたままであった。

<はん・・・、そういうことか。>
やや離れたところから2人の様子を見ていたレヴィアスは、瞬時に2人の微妙な関係を感じ取った。
互いに好意は持っているのだろう。
だがそれだけだ。
それ以上ではない。
「ったく、守護聖だ、女王だって・・・・。
お綺麗なことだ。」
欲しいものを、欲しいと言える立場ではないか。
女王、守護聖とは、この宇宙の最高位、またそれに準ずる地位であるだろうに。
嫌がる相手をさえ無理やり奪える者たちが、なんと青臭いことを!
相愛の相手に距離をとる目の前の2人が、レヴィアスには偽善者に見えた。
「聖なる女王か。
大したものだな。」
バカにしたようなその口調に、傍の少年が反応した。
「失礼ではありませんか?
あなたは何も御存知ない。
ジュリアス様は立派な守護聖でおいでですし、それにアンジェリークだって・・・。」
褐色の肌の少年は、黒目がちの大きな瞳に静かな怒りをたたえて、言葉をついだ。
「良い女王におなりです。
あなたが、そんな風に口にして良い方々ではありませんよ。」
確かどこかの惑星の王太子だとか。
そんな風に紹介されたことを、レヴィアスは思い出す。
幼くともさすがに王族である。
彼の黒い瞳は、30センチほども違うレヴィアスをじっと見上げ、揺らぐ事も無い。
「嫉妬・・・かな?」
軽く笑いを含んだ声が、2人の間に割って入る。
「僕たちが先に行った後、君はアンジェリークと2人だったからね。
3日も彼女と一緒にいたんだ。
しかも2人きりでね。
彼女が自分のものだって、錯覚してたんじゃないのかい?」
青磁の色をした髪と同色の瞳。
猫のようにしなやかな身体つきの青年が、唇の端に皮肉げな笑いをためて近づいた。
「ねぇ、アリオス。
だとしたら・・・・・とても滑稽だよ。」
<な・・にを、こいつ・・・・・。>
緑の瞳がぎらりと光る。
愚弄されること、嘲笑される事。
それは誇り高いレヴィアスに、叔父が教えた屈辱であった。
目の前の、女のような美青年の言葉が、彼にその屈辱と憎しみを思い出させる。
手を上げたい、殴り倒したい、その衝動をレヴィアスはなんとか抑えた。
今の彼はアリオスである。
名を偽り、身をやつし、それは目的あってのこと。
その目的の前に、生意気な青年の言葉など、些細なことである。
笑い飛ばすことにした。
「ばかか、おまえは?」
緑の瞳には、受けた量の倍ほどのからかいの色をのせてやった。
「男と女が傍にいりゃ、みんな好きの嫌いのと言い出すと思ってんのか?
ったく、暇な詩人の考えそうなことだ。」
話にならぬと笑って見せた。
「そのくらいにしておけ。
アリオスも、口を慎めよ。
仮にも女王陛下と守護聖様だ。
軽々しく扱うのは感心せんからな。」
3人の中で1番としかさの男、軍服を着た大きな男が、険悪な雰囲気を取りまとめた。
大きな口もとにやわらかい微笑をうかべて、だが視線はきっちりとレヴィアスをたしなめている。
「ごめんなさい。
待たせてしまって。」
気まずい沈黙は、その声で救われた。
「さ、行きましょう。
まだルヴァ様が、おいでになるはずだわ。」
砂の惑星に捕らわれた、もう1人の守護聖の名を口にする。
「すぐ近くのはずだって、ジュリアスさまが。
急ぎましょう。」
すっかり元気になったアンジェリークは、ジュリアスと2人先へ進み始めた。
「お待ちください、ジュリアス様。」
遅れるわけにはいかない3人の男たちが、慌ててその後を追った。

嫉妬だと?
ばかばかしい!
1人残ったレヴィアスは、笑いを漏らす。
アンジェリークは必要だ。
確かに。
だがそれは、あの身体が欲しいだけ。
エリスの、彼の愛した少女の魂の器として欲しいだけだ。
だから今は、アンジェリークを守らなければならない。
それだけのこと。
それだけの。
だが胸の何処かが不快だった。
あの金色の髪の男のために泣いた彼女を見た時、確かに。
「ばかか、俺は!」
口にして目を閉じた。
あの姿のせいだ。
エリスによく似たあの姿で、別の男のために泣く、その姿がそんな思いをさせたに違いない。
そうだ。
きっと、そうだ。
大きく息を一つして、彼もアンジェリークの後を追い始めた。
とりあえず・・・。
とりあえず、今の彼にとって必要なことをするために。