金と銀(8)
「綺麗な姿をいただきましたね。
ふ・・ん。
悪くない。」
鏡の中にあるのは、金色の髪の美貌。
光の守護聖ジュリアスの姿であった。
「別に外見などどうでも良いと思っていましたが、こうしてみるとやはり綺麗な身体に越した事はないですね。
レヴィアス様に感謝しますよ。」
にやりと笑った途端、その表情は身体の持ち主ジュリアスのそれと、似ても似つかぬものとなる。
嗜虐的なそれは、魂の持つ色そのものであった。
「相変わらずだな、キーファ。」
背後からの声に振り向いたキーファは、肩をすくめてみせた。
「あなたも・・・、変わりませんよ。
姿はそれなりに変わりましたが・・ね。」
長椅子に腰掛けて軽く頬杖をつく、黒髪の長身。
赤い瞳が物憂げに、キーファを見つめていた。
「まぁその姿も、悪くはありません。
確か、それは闇の守護聖のものでしたね?
陰気くさくて、なかなかお似合いですよ。
ねぇ、カイン。」
レヴィアスが仮の根拠地としたのは、辺境の惑星。
「旧き城跡の惑星」、それが星の名であるらしい。
そこでレヴィアスは、大掛かりな魔導を行った。
既にこの世を去った者の召喚魔導。
捕らえた守護聖の血液から、その器となる身体を生成し、そこへ望む魂を注ぎ込む。
それは簡単な作業ではない。
元の身体の主は守護聖である。
特殊な力を持つ彼らの血液は、そうそう他人の思うとおりになってはくれない。
奥義を極め、並ぶものの無い力を持つ魔導士レヴィアスも、この作業には苦労したものだ。
何度もの失敗を重ね、ようやくすべての部下に身体を与えた。
先に召喚された者達は、それぞれ任務を与えられ既に各惑星に散っていた。
だがカインとキーファは根拠地であるこの惑星にあるようにと、レヴィアスから命じられていた。
2人は参謀である。
常にレヴィアスの傍にあり、主君の意思を汲み、それに沿うよう迅速な判断と処理をこなさねばならない。
新たな命が下るまで待機しているように。
とりあえずのレヴィアスの指示は、二人にとってありがたいものだった。
守護聖の中でもとりわけ力の強い二人の身体は、なかなか魂に順応してくれないでいる。
意のままに従わぬ身体の扱いに、特にキーファはいらついていたからだ。
そのイライラが、常にもまして彼の気分を荒れさせていた。
「時に・・・・・・。
レヴィアス様は、いつまであんなヌルい事をなさるのでしょう?
さっさと始末してしまえば良いのです。
その方が、後くされない。」
キーファにしてみれば、理解できぬ事であった。
魂が器に入るまでは、オリジナルの身体を殺すわけにはいかないと、確かレヴィアスは言っていた筈だ。
ということは、自分たち部下の魂がすべて呼び戻されたからには、もはや守護聖達を生かしておく必要などないはずである。
それにあの邪魔な小娘も。
別宇宙の女王だというあの娘、幽閉されて身動きの取れぬこの宇宙の女王に代わり、レヴィアスと戦うのだという。
「勇ましいことですね。
か弱い女の身で、レヴィアス様に逆らおうなどと・・・・。」
くくく・・・・と、キーファは声に出して笑った。
「エリス様の器にとのことですが、それにしては時間がかかり過ぎますね。
あの方らしくもない。
まぁ、らしくないと言えば、そもそもたかだか死んだ女一人に、いつまでも執着している事自体、あの方らしくないのでしょうけれど・・ね。」
「キーファ、口を慎め。
私達は、あの方のご命令どおり動くだけで良い。」
ぐったりと身体を肘掛に預けたままのカインが、視線だけを動かしてキーファの言葉を遮った。
まだしっかりと馴染まぬ身体のせいなのか、しゃっきりとしないらしい。
「あの方はお強い。
だから私も忠誠を誓いました。
けれどこれだけは本当に不思議だったんですよ。
なぜあの方は、御自分を捨てた女にいつまでも執着しているのでしょうね。」
意地の悪い微笑をにじませたキーファの赤い瞳。
「捨てられたんですよ。
あの方はね。」
「口を慎め。
聞こえなかったか?」
カインはゆっくりと立ちあがった。
そして足を引きずるようにして、まだにやにやと薄ら笑いを浮かべるキーファの元へ近づいた。
「おまえにはわからぬことだ。
2度と・・・、この件に口を挟むな。
良いな?」
赤い瞳は召喚された魂が入った証。
カインの瞳は、キーファと同じ色である。
だがそこに映る表情は、全く違っていた。
陰気な嘲笑を浮かべたキーファの瞳を見据えるのは、暗い怒気を含んだカインのそれであった。
物静かで、滅多に激しい言葉を吐かぬカインの怒りは、さすがのキーファをもたじろがせる。
「ふ・・・ん。
カイン、あなたもレヴィアス様と同じでしたね。
これは、これは・・・・失礼をいたしました。」
右腕を前に腰を折り曲げた礼は、貴族の作法の一つであった。
慇懃過ぎるほど丁寧で優雅な礼を残し、キーファはカインの前から消えた。
捨てられた。
そう・・かもしれぬ。
情け容赦無いキーファの言葉に、カインは苦い思いだった。
それは自分もどこかで思ってきた事である。
牧師の息子であった彼が、結婚を間近にして奪われた少女。
領主の妾に差し出せと言われ、それを拒んで彼女は自害した。
その後、彼はどんな女も愛せないできた。
いつもいつも胸の奥に彼女の影がちらついて。
守りきれなかった自分が不甲斐なくて。
だが10年が過ぎた頃、違う感情が彼の中に生まれていた。
なぜ?
なぜ彼女は1人で逝ってしまったのか?
なぜ屈辱をおしてでも、彼のために生きていてはくれなかったのかと。
それがどんなに勝手な思いか、自分でもよくわかっているつもりであった。
汚れを知らぬ乙女に、泥まみれになっても生きていよとは、どんなに残酷で勝手な注文であることか。
そして実際に彼女がそうしていたとしたら、自分はどんなに苦しんだ事だろう。
その後、自分の彼女への思いが変わらなかったと言いきる自信など、カインにはない。
乙女はそれを本能的に知っていたのかもしれない。
彼の為に耐えて、その後頼みの彼の心が変わってしまったら。
機会を失ってしまえば、死ぬ事も適わぬ。
ただ抜け殻のようになって、ずるずると見苦しく生き続ける事になるのだ。
あの時、汚れない乙女のままのあの時に自ら命を絶つことで、彼女は彼女自身の恋を完結させた。
見事なまでに美しく。
だが・・・・、それは1人の完結である。
では自分は?
カインはどうなるのだ?
心変わりが怖いなら、せめてせめて言って欲しかった。
一緒に死のうと。
それさえ言ってくれぬまま、彼女はカインを1人残した。
そして彼は生きている。
死ぬ事もかなわず、ずるずると。
「捨てられた。」
キーファの言葉が胸に痛い。
「レヴィアス様も・・・・・・・・。」
主君の金の瞳を、カインは思いおこした。
主君もそう思っているかもしれぬ。
が、認めまい。
誇り高いレヴィアスは、絶対にそれを認めないだろう。
別宇宙の女王だという少女。
彼女をいつまでも殺せないでいる理由は、どうもそのあたりにありそうだ。
「どんな少女なのか?」
カインの胸に、好奇心が頭をもたげた。