金と銀(9)

幽閉された女王を救出すること。
これが目下、アンジェリークの最優先課題であった。
そのために守護聖達を救出し、そして聖殿を開く鍵を手に入れた。
だが今度は彼女の頼み、「蒼のエリシア」が壊れてしまった。
これを直さねば、先へは進めない。
「また、聖殿へ向うのが遅くなる。」
そう感じたのは、アンジェリークだけではなかった筈である。
度重なる戦闘。
大きな負傷こそないものの、もともと戦い慣れぬ者ばかり。
それだけでも、十分なストレスになると思われた。
加えて生活環境の激変である。
好むと好まざるとに関わらず、守護聖の生活はそのほとんどを他人任せにするものだ。
野宿の続く旅の日々は不自由で、さぞや堪えていることだろう。
アンジェリークも疲れてはいた。
だが自分が弱音を吐けば、他のメンバーの士気に関わるのだ。
できるだけ元気にしていなくてはと思う。
鬱々と考えこんでいたところで何も始らない。
疲れた時こそ、彼女は身体を動かすことにしていた。
そうすれば気分も変わる。
そして何よりも。
疲れた顔を、皆に見られずに済むのだ。

「ふぅ・・・・・。」
大きなため息が一つ。
アンジェリークは大きな大きなバスケットを抱え、川岸にぺたんと座りこんだ。
汚れ物を入れた籠をひっくり返す。
「白いものと色物は分けて洗うものよ。」
いつだったか母に言われたことがある。
それを思い出して、アンジェリークは汚れ物の分別を始めた。
「洗濯機もないんだもん。
全部手で洗うのよ?
すごいわね。」
自分でも感心してしまう。
女王試験を受ける前は、洗濯などすべて母に任せていた。
たまには手伝えと小言を言われても、知らん顔で甘えていた。
女王になってからは、もっと他人任せである。
もっともこちらは、母に甘えていた頃とは違い、身の回りのことを自分でしない代わりに、山ほどの執務が課せられた。
ぬくぬくと甘えて過ごした少女の頃の生活は、女王試験を境に遠くなってしまっていた
「いいわ。
なんとかなるでしょ。」
ぼちゃんと、最初のシャツを川の水に浸けた。
ざっと汚れを落としてから、前に寄った町で求めておいた石鹸をつける。
リズミカルな手の動き。
いつか気分も良くなって、知らず知らずお気に入りの歌が口をついていた。

「ずいぶん御機嫌だな。」
ふいに声をかけられた。
振り向かなくともわかる。
こんなからかうような口調が、彼以外のものであるはずがない。
「おまえ、変わったやつだな?
女王ってのは、そんなことしないんじゃないのか?」
すすぎに入った頃であった。
振り向きもせず、アンジェリークは作業を続けた。
「いつもはね。
でも女王にならなかったら、私もしてたと思うし。
なんだか女王になる前に戻ったみたいで、楽しいよ?」
言葉どおり、彼女の手の動きは楽しげであった。
「女王になる前?
王族だったんだろう?
だったらそんなこと・・・。」
いぶかしげなレヴィアスの声に、ようやくアンジェリークは振り向いた。
「王族?
違うわ。
女王になるまでは、私普通の子だったのよ。
普通に学校行って、パパとママと暮らしてた。」
この宇宙の女王は世襲制ではないのだが、その制度を彼は知らないのだと気付く。
ごく普通に生きる者にとって、女王の存在は限りなく遠いものである。
この制度に関わりを持つ事の方が稀で、だから彼が知らなくとも不思議ではないのだ。
「普通って・・・・。
おまえ、じゃ、いきなり女王になれって言われたのか?
急に?」
思ったとおり、彼は驚いていた。
「そうよ。
サクリアって力があるんだけど、それを私が持ってたってこと。
守護聖や女王は、みんなそうなのよ。
ある日、突然、
『聖地へきなさい。』
って言われるの。」
にっこり笑ってアンジェリークが説明する。
「で、その後は?
ずっと聖地かよ?」
続く彼の言葉に、アンジェリークの表情が曇った。
「うん・・・・。
そう。
私の場合は、生まれたこの宇宙を出て、別の宇宙の聖地へ行ったんだけど・・・・。
同じことね。
だって、もうこっちへは帰って来られないもの。
新しい宇宙の女王なんだから。」

サクリア。
知識として知ってはいた。
この宇宙を侵略し征服しようと決めた時、その目的は女王のサクリアによるエネルギーを吸いとってしまうことだったから。
だがそのサクリアが、どうやって現われるのかまでは知らなかった。
知る必要もなかったのだ。
彼に必要なのは、現在ある女王のサクリアだけだったから。
世襲制ではない王位。
初めて聞くものだった。
レヴィアスのいた宇宙では、皇帝の位がそれにあたる。
当然世襲制である。
正統な皇位継承権を持つ身であったレヴィアスは、叔父によりその地位を奪われた。
そしてそれが、彼のこれまでの人生を決めてしまったのだ。
呪わしく、だがそれゆえにどうしても奪い返したいその地位であった。
現皇帝、彼の叔父は、その座の上にあぐらをかいて、すべての欲望をほしいままにしている。
皇帝とは、それが許される立場なのだ。
ここでは、女王がそうだろう。
そのはずであると、レヴィアスは思っていた。
だが目の前の少女の顔はどうだ?
少しもその地位を喜んではいないように見える。
平穏な普通の生活の方が良かったのだと、彼女はそう言っているのだ。
幸せだったのだろうとレヴィアスは思った。
女王になる前の彼女の生活。
両親がいて、友達がいて、自分のことは自分でする生活。
その普通の幸せをこそ、彼女は喜んでいたのだと思う。
そしてそれは、きっと彼女によく似合っていた事だろう。
「断れなかったのか?
嫌なら、断っちまえば良かったんだ。」
思わず口にしていた。
いらいらとしながら。