Felicia~至福の瞬間、至福の場所へ~(1)

降ってきやがった」

 白いつなぎの肩口に積もる粉雪をはらいながら、栗色の髪の青年が小走りに駆け込んでくる。

「そうか。
じゃあこれで、しばらく輸送船(ふね)は出せねえな。
今出たやつが、最後ってこった」

 制御盤を操作する手は休めないまま答えた青年も、やはり同じ白のつなぎを着ていた。
胸元に「Z」の飾り文字が入ったこのつなぎ、今や全宇宙の少年たちの、憧れの作業着である。「Z」はZ社の商標、そしてZ社とは、一般地上車からレース用車までを守備範囲とする自動車メーカーで、機能性を重視したその造りと性能で人気、売り上げ、知名度のどれも、同業他社の追随を許さない。言ってみれば、業界のエース的存在であった。

「あ~あ、毎度おなじみの豪雪強制隔離だよ。
本社からまた、ぎゃんぎゃん言ってくるぜ。
なんたって、うちの大将、もう2ヶ月こっちにいつづけだろ?
社長が本社ほったらかして、開発工場に入り浸りじゃあ、そりゃ怒るわな、ふつー」

 栗色の髪の青年は、胸ポケットからタバコを取り出して首を振る。

「おい、火ぃつけるなら、喫煙室行けよ。
ったく、おまえ、悪い習慣だぞ。
いい加減やめたらどうだ?
頭悪くなってもしらねえからな」

 制御盤から顔を上げて眉を顰める同僚に、

「はい、はい」

いい加減な返事をして、くわえタバコで喫煙室へ向かう。

「ったく、うっせえんだよ。
タバコくらい、好きなように吸わせろって」

 ガラス扉がウィンと音をたてて左右に開く。
 待ちかねたように、ライターに火をつける。

 シュボッ…。

 オイルライター独特のにおいと共に上がる、紫の煙。
 ふう…と一息吐き出して、ようやく気づく。

「た…大将っ!」

 本社の頭痛の種、Z社の社長が、くわえタバコでそこにいた。

 

 

 なにやら図面を見ている最中らしく、彼が思わずあげた大きな声にも、まるで気づいてないらしい。
たばこの煙が目にしみるのか、時折片目をきゅっと閉じながら、それでも図面から目を上げることはない。
首をのばしてそうっと覗き見ると、どうやら新型車の設計図のようで。

〈へぇ…。珍しいな〉

 自ら描いたらしい設計図、それを見て青年はそう思った。

 

 

 確かに珍しい。

 大量生産型の地上車でも、レース用車でもない車。
流線型の車体は、繊細で、上品で、白鳥のように優雅で。
どこかの淑女(レディー)の特注オーダーかとも思ったが、Z社の社長に限ってそんなオーダーを受けるはずもない。
いや、首星の本社では、ぜひぜひ受けてもらいたいと、何度も何度も頑固者の社長を説得あるいは泣き落としにかけたのだが、まるで受け付けてもらえない。

「いいぜ。
やりたきゃ、てめえらで勝手にやれ。
別にとめねぇぜ?」

 皮肉な笑顔でそう言われては、勢い込んで詰め寄った重役たちも、苦虫を噛み潰したような顔で首を振るしかない。
Z社の新型車は、この偏屈な社長の手によるのでなければ売れないのだから。

 過去、重役たちはあまりの頑固偏屈ぶりに手を焼いて、社長以外のデザイナーを起用したこともあったのだが、ことごとく惨敗。
一年を待たずして、みな製造中止になった。

 三〇歳そこそこのクソ生意気な若造が、創業後わずか十数年で、Z社を業界最大手にまで押し上げて、今や数十万を数える従業員の生活を握っているのだ。
Z社の急成長を快く思っているはずのない同業他社多数、それらを敵に回して市場の一番人気を保ち続けるだけの製品を造りだす事。
それができるのは、今のところ、この銀髪の若造だけである。
重役たちの個人的感情も、会社の浮沈の前にはゴミと同じで、結局のところ、若造の言うなりになってやる他はなかった。
その偏屈社長が、小型のリムジンを思わせる上品な地上車を?

〈はは……ん。
さては……〉

吸いかけのタバコを灰皿に押し付けて、栗色の髪の青年はにやりと笑った。

〈そりゃそーだよな〉

細いプラチナブロンドの髪に、ややつり気味の赤い瞳をした青年。
口を開かねば、多分美青年で通るだろう。
加えて彼はあのZ社の社長である。
これだけの条件が揃って、女にもてないはずもない。
それが三〇過ぎで独身とくれば、彼でなくとも気づこうというものだ。

〈惚れた女がいるんだな。
それもとびきり上等の女。
大将が手ぇ出すの、ためらうくらい上等の〉

 喫煙室を出て、ペーパーカップに珈琲を二つ淹れる。すぐに戻った彼は、片方のカップを彼の敬愛する「大将」に差し出した。

「あぁ……?」

 香りの良い白い湯気に、ルビーのような視線が上がる。

「冷えてきましたよ、大将。外、雪です」

「そーか」

カップを受け取り一口飲んで、思い切り眉間にしわを寄せる。

「熱ぃ……!」

 相変わらず猫舌の「大将」がおかしくて、

「珈琲ですからね。
熱くて当たり前でしょうよ」

笑いながら答える彼に、「大将」はまるで近所の悪がきのようなガンを飛ばした。

「悪かったな」

 

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