Felicia~至福の瞬間、至福の場所へ~(2)
「それ……、造るンですか?」
視線で設計図を指すと、赤い瞳を銀のまつげが隠した。
「量産用じゃあないですよね?」
努めて軽く聞く。
「ああ。見りゃ、わかんだろーが。
特注だ。」
やっぱり。
そうなると、その先を聞きたいのが人情で。
彼の敬愛する「大将」が、いったいどこの誰のために、あんなに嫌っていた特注オーダーを受ける気になったのか。
地上車ブランド「Z」の創始者であるゼフェルの名は、少しでも機械に興味のある青少年にとって、もはや伝説の英雄のそれに近い、崇拝の対象で。
今でこそこうしてZの飾り文字付つなぎを着ている彼だって、その青少年の一人には違いなく。
だからその英雄が、どんな恋をしたのか、どんな女に惚れたのか、知りたいと思う気持ちを止められない。
けれど相手は、とことんプライベートを語らないゼフェルである。
下手につつけば
「かんけーねーだろ?」
じろりと一睨みされて、おしまいに違いない。
さて、どう切り出したものかと迷っていると、意外にも先に口を開いたのは、ゼフェルであった。
「雪降ってんだな……」
喫煙室の高い天井、ガラス張りになったそこを見上げている。
白い氷の花弁がちらちらと舞う。
「おめー、いくつだ?」
突然聞かれた。
「は?
俺のトシですか?」
ゼフェルは天上を見つめたままで答えなかったから、そのまま続けた。
「19ですけど……」
「19かよ。そ……っか」
笑った?
かすかではあったが、確かに笑ったように見えた。
「あいつは……、おめーより若いんだな」
何のことやらわからないでいるうちに、ゼフェルは吸いさしのタバコを、銀色の灰皿にぎゅっと押し付けて、そのまま喫煙室を出て行った。
ウィン……。
ガラス扉の閉まる音が、なんだかやけに乾いて聞こえた。
数週間続いた吹雪の後のことで、抜けるように高い空がとても綺麗だった日。
金色の神鳥の紋章をつけた輸送船が、Z社の輸出ポートに着いた。
「それでは、確かに。陛下も、きっとお喜びになることでしょう」
神鳥の襟章をつけた、見るからに高位の軍人が、受取証を渡して微笑した。
「何か、お伝えすることは?」
「別に。」
昔、少年であったころのまま。
相変わらずぶっきらぼうな銀髪の青年に、軍人は手を差し出した。
「ご壮健であったと、お伝えいたしましょう。
ですから、どうぞ、私をうそつきにしてくださいますな。
お体を、大切に」
姿勢の良い最敬礼をひとつ。
初老にさしかかった軍人は、くるりと踵を返して、輸送船に消えていった。
積載貨物は、たった一台の地上車。
白い、氷の花のように美しい車。
「フェリシア」と、名づけられた特注の車が届けられる先がどこなのか。
ゼフェルと共に、輸送船を見送る技師たちにも、既にわかっていた。
わかっていて、あえて口にしない。
離陸して、だんだんに小さくなってゆく輸送船が豆粒ほどになっても、ゼフェルの赤い視線はまだ船を追っていた。
「小さな町の、そう、きっと下町ですわね。
そこの小さな工場で、わたくし奥さんをしますの。
ゼフェル様の……」
遠い日に。
夢見るような表情で、うっとりとそう言った少女がいた。
擦り切れるほど呼び出し、読み出すその記憶。
今も。
彼女はゼフェルの中にいる。
あの姿、あの声のまま。
「大将……」
控えめにかけられた声に振り向くと、栗色の髪の青年が、ペーパーカップの珈琲を彼に差し出していた。
「ほら……。晴れたっていっても、風冷たいですから」
犬のような丸い茶の瞳に、かつての同僚を思い出す。
ほんの少し目を細めたゼフェルは、ふんと鼻先で笑って、それからカップに手を伸ばす。
「熱くねーだろーな?」
途端うろうろと泳ぐ茶の視線。
「ばかやろー」
栗色の前髪をくしゃりとやって、ゼフェルは珈琲に口をつけた。
「熱ぃ……」
湯気が目にしみる。
銀の睫毛が、微かに濡れた。