アナログなロマンス(2)
とりあえず、ゼフェルは執務室に戻った。
どうせ仕事になんてなるわけはなかったから、あのままばっくれて私邸に帰ったって良かったのだけれど、ここにいればロザリアが訪ねてくるかもしれないと、ちょっとそんなことを思ったりもした。
何が楽しいんだか、与えられた課題を一生懸命にこなす彼女のことだ。
ゼフェルのことをどう思っているかは別にして(別にして欲しくは無いが)、鋼のサクリアが必要とあらば、きっとやってくるだろう。
「育成のお願いにあがりましたわ。」
多分、そんな風に言って。
来ないかもしれない彼女を待って、いたくもない場所にいる。
〈バカか、俺はよ。〉
自分に悪態をついて不機嫌になる。
不機嫌の持って行き場もないままに、いつものとおり、机の上に足を投げ出して腕を組んだ。
「とにかくよ、あいつ!
あのうすら鈍い女に、気づかせなきゃなんねえんだ。」
眉間にしわを寄せて、口にした。
気づかせる。
しっかりしているように見えて、実は物語の騎士だかなんだかに、ぼ~っとのぼせているバカ女に。
生きた男ならここにいる。
おめーに惚れてる男がここにいる。
そう気づかせてやったら、どんな顔をするだろう。
きっと驚いて、頬を染めて…。
顔をにやつかせあらぬ想像に耽るゼフェルの頭に、
「では俺が教えてやろう。
作り話の騎士よりも、ずっと胸の鼓動を速くする立派な騎士が身近にいるってことをな。」
先ほどのオスカーの言葉がよみがえる。
冗談じゃねえ!
マジで冗談じゃねえ!
聖地で守護聖なんぞをやっていれば、皆例外なく女ひでりになるものだ。
守護聖といえば、聖地にあって聖なる女王に仕える神のような男たち。
その彼らが女ひでりだなどと、他人が聞けばさぞかし不思議に思うだろうが、事実である。
なるほどオスカーが楽しんでいるような、その時々のかりそめの恋になら不自由はしないだろう。
身分を隠し、つかの間の恋と割り切るのなら。
だが生涯を共にとかいう、マジな恋ってやつは無理だ。
守護聖の身体は、信じられないほどゆっくりゆっくりとしか時を刻まない。
誰かに恋をしたって、自分の身分を話せるわけじゃなし、もし本当のことを話したとして、その先に待っているのは、あっという間に来るだろう別れだけ。
そこへだ。
そんなところへ、彼女はやってきた。
美人なんてのはザラにいるが、そんじょそこらにいるような、そんなレベルの女じゃない少女。
あの何事にも厳しくうるさい光の守護聖ジュリアスが、
「あれは白バラのように清らかで、美しい。」
などと誉めたというのだから本物だ。
名門貴族の生まれだとか聞いた時には、
「どーせ、いばりくさったいけすかない女だろ。」
と勝手に決め付けていたゼフェルだったが、実際の彼女はそうではなくて。
折り紙つきの箱入りお嬢。
レディの嗜みは知っていても、自分は女で、それも周りの男たちから見ればとびきり上等の女なのだとは、知らないでいる。
ただの人であったとしても、十分男たちを惹き付けるだろう彼女が、女王候補であれば。
これ以上はないターゲットだ。
女王になるにせよ、その補佐官になるにせよ、どちらにしても彼らと同じ時間を生きる身の少女。
どうして彼らがほうっておけることだろう。
だがしかし。
たとえ守護聖全部を敵に回すとしても、譲るつもりなどこれっぽっちもないゼフェルである。
「威勢のいいことだな、ゼフェル。」
氷の色の瞳に浮かんだ嘲笑を思い出し、ダンと机を足で蹴飛ばした。
「おう、上等だぜ。
鳥肌やろー。」
とにかく行動を起こすこと。ヤツラがけして仕掛けないような方法で、出し抜くこと。それしかない。
シュタッと椅子から跳ね起きると、ゼフェルは袖机の引き出しをごそごそと探り始めた。
「あったぜ。」
一枚の図面を取り出し、にやりと笑う。
そのまま私邸へ戻ると、作業室へ直行した。
それから三日の間、聖殿へも出仕せず、ゼフェルはそこへこもり続ける。
聖殿からの使者が何度も呼び出しに来たが、すべて無視。
作業室から響くガーガー、ジージャー、なにやら物騒な音だけが、使者への返事であった。