Eine Rückkehr ~帰郷~ (8)
次期女王が決まった。
金色の髪をしたまだあどけなさの残る少女に、女王は自らの玉座を明け渡す。
ごく質素な即位の式典があって、その後すぐに新女王は滅びかけた宇宙の移転を軽々とこなす。
すべての命を抱きしめて、新しい女王はにっこりと笑った。
「もう大丈夫。
これでなにもかも。」
そして新女王は続けた。
「ロザリア、これからも傍にいてくれるでしょう?」
至極当然のことだとばかりに。
その場に居合わせた一同は、皆一様に固くなった。
気位の高いロザリアが、敗れた相手に仕えることを良しとするものか。
丁寧に、しかし毅然として、拒むだろう。
そう思った。
ところが。
「はい、陛下。
わたくしでお役に立ちますのなら。」
毅然とした声だった。少しの力みもない、優しい声で。
「え?
受けた?」
控えめなざわめきが謁見の間に広がるが、
「静まれ。」
首座の守護聖の一言で、たちどころにしんとする。
「あなたじゃなくちゃ、私が嫌なんだもん。
嬉しい。
これからも仲良しね、ロザリア。」
屈託のない笑顔に、ロザリアも笑顔を返す。
「ありがとう。
アンジェリーク。」
その後、会場を移して、祝賀の宴が開かれる。
こちらはこの上もなく贅沢に、華やかに、賑やかに。
無礼講の宴。
誰も彼も、新しい女王の即位を喜んだ。
金色の泡の弾けるシャンパングラスを左手に、オリヴィエはぼんやりと宴を眺めていた。
新しい宇宙は新しい命に満ち満ちて、これからどれほどの隆盛を誇ることか。その明るい未来を予感させるような、賑やかな宴である。
古風なクリスタルガラスのシャンデリアは、昼よりもなお明るく辺りを煌々と照らし、行き交う人々も今夜は最高の装いで身を飾る。
派手な羽扇に、シルクのミュール。
蛍の光を集めたようにちらちらと輝く、薄い薄い布地を重ねたドレス。
けれどオリヴィエの心はまるで弾まない。
この上もなく美しいそれらが、まるで心に響かなかった。
新女王の即位。
それがどうしたと思う。
滅びかけた宇宙が救われたから、それがめでたいのはわかる。
祝うのも、理解できた。
むしろそれが自然だろうとも。
けれどそこまでだった。
そこから先の感情は、ここに集まる人々と共有はできない。
女王の宝冠と引き換えに、あの金の髪の少女が何を差し出すか。
守護聖である彼にはわかっていたから。
この先いつまでとは知れない孤独を、今日から彼女は背負うことになる。
普通に暮らしたこれまでを捨てて、時間の流れの違うこの地で、ただただ他人の幸せのために生きる。
何がめでたいものか。
「ふ…ん。」
面白くもなさそうな乾いた声を漏らすと、伏せた視界に黒い影が映った。
「良い夜だな。」
足元の影に目を落としたまま、オリヴィエは薄く笑う。
「そうかい…?
あんたには、そうかもしれないね。
ジュリアス。」
「何を尖っている?」
ゆったりとした口調。
白いトガは光の守護聖の正装で、新女王の即位の夜でもあり、ジュリアスがそれを身につけていることは当然といえば当然であったのに、今夜のオリヴィエにはその口調も、当然の正装も、どちらも気に食わない。
「別に…。」
相手をしたくなかった。
話せば要らぬことまで口走りそうで、頼むからどこかへ行ってくれと、内心でオリヴィエは願う。
けれどジュリアスは立ち去らず、少し間をおいて、口を開いた。
「礼を言う、オリヴィエ。」
礼。
何に対する礼か、オリヴィエは鼻先で笑った。
「何のことだい?」
見当はついていた。
だからどんな顔をして言い訳をするのか見てやりたいと、意地の悪い思いで、オリヴィエは視線を上げる。
正論を堂々と吐く、謹厳な首座の守護聖が、どんな顔をして己が傷つけた少女に対する言い訳をするのかと。
つい先刻、ロザリアは補佐官の任を受けた。
どれほどの傷心を飲み込んで、あの答えを出したのだろう。
元の生活に戻ろうと思えばそれもできた身で、あえて補佐官となり敗れた少女に仕えることを選んだ。
その理由を、オリヴィエは考えたくなかった。
「大事な試験の最中に、私はあれを惑わせた。
それを知りながら、何もしてやれなかったのだ。
私には…。」
痛みを隠さぬ表情は、素直で正直だった。
何もしてやれなかった自分を、本当に責めてきたのだろう。
「あれが補佐官を受けると答えた時、私はほっとした。
あれは…。
おまえのおかげだな?」
ほっとした。
その一言が、オリヴィエの癇に触る。
「へぇ…。
どうしてそんな風に思うんだい?」
瑠璃色の瞳を正面に、じっとそれを見据える。
「笑いたくば笑え。
私がロザリアを見ていたからだ。
片時も目を離さず…な。」
しばしの沈黙の後、ふっとオリヴィエは皮肉げに笑ってみせた。
「それは私に言うことじゃないね。
相手が違うよ。」
シャンパングラスを持たない右手を大げさに上げる。
絹の手袋をした長い指で、広間の中央を指し示した。
「あっち、あそこにいるよ。
行って、彼女に言うと良い。」
くるりと踵を返した。
これ以上、ジュリアスから何かを聞く気はない。
不快な思いが、胸の奥でとぐろを巻いている。
〈私には関係ないことさ。〉
口にしなれた言葉を繰り返しても、とぐろの蛇は貼りついたように離れない。
「ありがとうございます。
オリヴィエ様。
とても美しい、気持ちの良い夢ですのね。」
あの夜みた夢。
あれはオリヴィエとロザリアだけの夢。
あの綺麗な笑顔は、確かにオリヴィエだけのものだった。
だがあれは、彼のほんの気まぐれ。
それだけのこと。
それなのに知らず口にする。
「今更!」
らしくない。
まったくオリヴィエらしくない。
その思いが、美しく整えた眉を寄せさせる。
とにかくここを出ようと思いつき、賑やかな広間をオリヴィエは抜け出した。
一人になれば。
そうすれば落ち着く。
早く、あるべき自分の姿に戻りたかった。