Eine Rückkehr ~帰郷~ (12)

一面の雪原。
ぽつぽつと家らしい建物が散在する他、何もない。
だだっ広い雪の原が、シャトルのタラップに立つ、二人の目の前にあった。
白一色の世界は、美しいと言うよりも、むしろ寂しい印象であった。
あまりに何もない。
いやいっそ、ないならないで徹底していればすっきりするのだが、ところどころに建つ崩れそうな建物が、この惑星の貧しさを象徴しているようで、雪原を渡る風の音さえ寂しいと、ロザリアは思った。

「ちょっと待っててくれる?」

シャトルを降りてすぐ、オリヴィエは受付カウンターに向かった。
何やら交渉をして、戻ってくる。
革の手袋をした右手に、キーを持っていた。

「これらしいよ。」

見るからに古ぼけた、黒い地上車。
今時、よくこんな旧型の車があったものだと思うくらいの。
オリヴィエは別に驚いた風もなく、さっさと車に乗り込んでエンジンをかける。
そしてもう一度外に出ると、ロザリアのために扉を開けてくれた。

「乗って。」

大人しく助手席に乗り込むと、大きな始動音をたてて、車は動き出す。
空港構内を出ると、彼らの到着を待っていたかのように、ちらちらと雪が舞っていた。
フロントグラスに降りつける雪は、まるで目の中に飛び込んでくるようで、瞬きをしないではいられない。
けれどそんな視界の悪さにも、オリヴィエは平然としている。

「大丈夫ですの?」

さすがに危ないだろうと、ロザリアが声をかけると、唇の端だけでオリヴィエは笑う。

「まぁ、このくらい平気なんだけど。
あんたが気になるならね。」

ワイパーのスイッチを入れる。
古めかしいラバーのワイパーが、ぎいぎいと嫌な音をさせて、大きく左右に揺れ始めた。

何もかも、まるで旧式の惑星。
発展とか繁栄とか、そんな言葉から忘れ去られたような。
貧しくて寂しい。

「少しかかるよ。
そうだね。
一時間くらいかな。」

横顔を向けたまま、それだけを告げると、オリヴィエはまた黙り込んだ。
ここが何処だか、なぜロザリアを連れてきたのか。
説明する気はないようだ。

だからロザリアも黙り込む。
しんとした車内に、ぎいぎいと軋む不愉快な音だけが、やけにうるさく響いていた。

 

「着いたよ。」

きっかり一時間後、オリヴィエはエンジンを切った。

「スカーフ、しっかり襟元に巻いておくんだよ。
寒いからね。」

そう言いながら、外に出てロザリアのために扉を開けてくれる。
暮れかけた鉛色の空は、一時間前よりさらに暗い。
いつのまにか本格的になった雪が、車を出たロザリアの頬を冷たく叩いた。

額にも、目にも、睫にも、容赦なく雪は降りつける。
とても目を開けてなどいられない。

「ほら、フード被って。」

後ろからオリヴィエが、すっぽりと白いフードを被せてくれた。
銀色の毛皮のついたフードに守られて、ようやくロザリアは目を開ける。

「こっちだよ。」

白い革の手袋をしたロザリアの手を、オリヴィエが引いた。
小高い丘の上。
オリヴィエはそこで足を止める。
視界の悪さにようやく慣れ始めた目を細めて、ロザリアは辺りの様子をうかがった。
あれは、墓標?
目の前にいくつか、石の墓標があった。
それはかなり旧いもののようで、痛みが激しい。
あれは多分。
その墓の下に眠る人々が誰なのか、ロザリアにもわかる気がした。

「両親の墓さ。」

ロザリアに背中を見せたまま、抑揚のない声でオリヴィエは言った。

「私はね、一度もここへ帰らなかったんだよ。
だからもう、どのくらいになるんだろう。
きっと、気が遠くなるくらいの時間だね。」

無機質な乾いた声が、オリヴィエの心の軋みのように聞こえる。
思わず後ろから抱きしめた。
何も言わず。
オリヴィエの黒いコートごと。

 

「この先にね、私の生まれ育った家があるんだよ。」

腰に回された白い手袋の指を握り締めて、オリヴィエは続けた。

「そこが私は嫌いでね。
とてもとても…嫌いだったよ。」

語尾が震えている。
抑えた激情を、背中越しにロザリアは感じた。

それでも何も言わない。
彼女の返事など、オリヴィエは望んでいない。
これはオリヴィエの告白。
誰に聞かせるでもない、心の告白だと直感したから。

「素朴で実直な父も、従順な母も、私を疎ましく思っていてね。
よく言ってたよ。
オリヴィエだけ、どうしてこう出来損ないに生まれたものだろうってさ。
他の兄妹はみんな、両親によく似ていたからね。
素朴で堅実で、真面目でね。」

目の前に広がる雪の原。
少年の日のオリヴィエは、どんな思いでこれを眺めていたのだろう。
人が最初に知る集団である家族が、幼いオリヴィエにとって居心地の悪い場所だったとしたら。
この惑星に吹く風と同じ、凍るように冷たい風に、いつも彼は吹きさらされていたのではないか。
人を寄せ付けぬオリヴィエの心の暗がりを、ロザリアは垣間見たような気がした。
幼い日、ほとんどの人が普通に与えられるだろう愛情を、彼はもらい損なった。
オリヴィエの家族が本当に彼を愛したか否かなど、この際どうでも良い。
大事なのは、愛されなかったと、オリヴィエが思っていることだった。
幼い日の傷を引きずるオリヴィエが、ロザリアには痛ましい。
抱きしめる腕に力を入れて、さらに強く強く彼を抱いた。

「捨てたつもりだった。
だから帰らない。
故郷なんて、私にはないんだから、帰るとこなんてないだろう?
そう思ってた。」

そこでオリヴィエは言葉を切った。
くしゃりと前髪を握り締め、顔を伏せて。

「だけどね、やっぱり私は両親を愛してたよ。
どんなに向こうが私を嫌っても、私は愛してた。
それを、言ってやれば良かった。
生きてるうちに、言ってやれば良かったよ。」

閉ざした心を、今オリヴィエは完全に開いていた。
胸の奥底に沈めた悔恨を、飾ることなく打ち明ける。

「今、おっしゃったわ。」

ロザリアが初めて、口を開いた。
抱きしめた腕を外して、オリヴィエの正面に回る。
蒼い瞳を見開いて、しっかりオリヴィエの瞳を見上げた。

「生命は巡りますわ。
だからきっと、いつか伝わる。」

聖地で覚えた真理の一つ。
生命は巡る。
たとえ今の生命は尽きたとしても、その次の生はきっと来る。
転生の門の番人は、ロザリアのよく知る青年だった。

「オリヴィエ、あなたが好きよ。
誰がなんと言っても。
あなたが好き。」

防寒ブーツの踵が上がる。
つま先立って、ロザリアはオリヴィエの頭を抱いた。
ロザリアの腕に抱きしめられて、オリヴィエのブルーの瞳に表情が戻る。
喜びと幸福とを浮かべたその色を滲ませるようにして、ようやく微笑した。

「ああ、私もさ。
私もだよ。
愛しているよ、ロザリア。
私の…ロザリア。」

唇を重ねる。
それはとても優しくて、とても暖かかった。