花の咲く頃(11)

「わかっているさ、そんなこと・・・。」
苦悩に満ちた表情でした。
それならば何故。
どうして、その思いをロザリアに伝えてはいなかったのでしょう。
オスカーは自分の気持ちをロザリアに、伝えてはいなかったのです。
はっきりと、そう口に出したわけではありませんでしたが、なんとはなしにわたくしにはわかります。
オスカーはそういう男です。
少なくともわたくしの知る限り。
ふわふわと軽はずみなように見えて、実はとても不器用な男でした。
肝心なことを、恋人に伝え損ねてしまうのです。
それで泣きを見たことも・・・何度かあることを、わたくしは知っていました。
気障で手練れのプレイボーイという呼び名は、真実の彼を知らない方のつけたもの。
彼自身も、そのことは何処かでわかっているのでしょう。

「あなたは・・・・、いつもそうですね。」
ため息混じりのわたくしの口調に、オスカーは力なくうなだれたままでした。
「あの時・・・、言ってもせん無いことですが、女王試験の最中に、あなたはためらうべきではなかったのです。
結局、それがこうなった原因なのですから。」
「言える・・か?
おまえなら。
申し分のない女王候補だったんだぞ。
聖地中の誰もが認めていた。
そういう女に、おまえなら言えるのか?
俺のために、候補を降りて欲しい・・・。
そんな勝手なことが。」
搾り出すような声でした。
わたくしに注がれた視線は刺すように鋭く、怒りとも悲しみともつかぬ暗いかげりが、ちらちらと見え隠れしています。
「そうできるものなら・・・。
何度そう思ったか。
だが俺には言えなかった。
それが罪だと言うのか?」
「罪・・・。
そうですね。
そう言っても良いのかもしれません。」
「残酷だ・・な。
おまえは。」
多分、彼もわたくしの言う通りだと何処かで認めているのでしょう。
力なく浮かべた微笑は寂しく、普段の彼らしくもない弱々しいものでした。
「アンジェリークを得るために、あの方は恥じも外聞もすべてをかなぐり捨てておいででした。
あなたとロザリアのことも、多分ご存知だったのだとわたくしは思っています。
それでも、あの方はご自身のお気持ちに正直でいらした。
長い・・聖地での暮らしの中で、一度逃した恋が再びその手に戻ることはないと、多分あの方はよくご存知だったのでしょう。
だから・・強引に彼女を候補から降ろした。」

わたくしの脳裏に、いまだ聖地においでになるわたくしやオスカーよりもずっと年長の、さるお方の姿が浮かんでいました。
あの時、アンジェリークが候補を降りた事を知ったあの時。
わたくしはあの方の激しさに、身震いしたものです。
彼女を候補から降ろした後のことなど知るものではない。
そんな開き直った態度でした。
ただ自分と彼女が二人でいられるために。
そのためだけに何もかもを考えられたのです。
それは責任感の強いロザリアと、そしてまた女王に対する忠誠心の厚いオスカーに、逃れようのない未来をつきつける行動でもあったのですが、それさえもあの方にはどうでもいいことのようでした。
「その時点で、あなたはあの方に負けていたのですよ。
我侭にならなかったというただ一点のために。」
残酷な言い草である事は百も承知でした。
ですがそれが真実です。
それをしっかりと認めるところから、オスカーは始めるべきなのです。
自分の美学のために犠牲にしたものの大きさをしっかりと見つめなければ、それを取り戻すことの困難さがわかるはずなどありませんから。
「どうしろと・・・。
おまえは俺にどうしろと言うんだ?」
まるで子供のような頼りない表情で、オスカーがわたくしを見上げていました。
どうしてわたくしが、ここまで面倒を見なければならないのでしょうか。
そんなことはご自分でお考えになってはいかがですか!
そう言ってやりたいのはやまやまでしたが、あの心細げなロザリアの顔が目交にちらついて離れません。
不承不承ではありましたが、わたくしはなんとか平静を保って、微笑むことに成功したのでした。
「さ・・あ。
どうしろとまでは、わたくしにも申し上げられません。
ですが・・・。
わたくしなら考え付く限りの手を尽くすことでしょうね。」
「は・・。」
バカバカしい。
そんな笑いでした。
「聞くだけ無駄だったな。
どうにかできるような手があれば、とうの昔に俺が試してるぜ!」
バンと大きな音を立てて、両の拳をテーブルに打ちつけたオスカーが、怒りに染まった視線をわたくしに送りつけていました。
「そう・・でしょうか?
本当に?
考え付く限りの手を打ったのですか?」
「どうしようもないことだろう!?
俺が勝手に守護聖をやめることはできないのだし、仮に力がなくなって下界へ下りられたとしても、ロザリアが望むような年格好にはなれないんだからな!!」
想像力のない・・・。
これがオスカーの限界なのでしょう。
どんなにロザリアを愛していると言ったところで、オスカーの想像力が許す範囲内で打てる手は、この程度なのです。
どうしたものでしょうか。
わたくしの考えを知らせるべきなのでしょうか。
知らせないでおけば、オスカーはロザリアの元へ行く事はできません。
そうすれば・・・・。
眉を寄せ、頭を抱え込むようにしてうなだれるオスカーを前に、わたくしはほんの一時の間、口を開くべきか否か、迷っていたのでした。

「ある辺境の惑星の昔話に、時を封じこめる箱を貰った男の話がありますが、ご存知でしょうか?」
「え・・・・?」
「海底の城で遊興の限りを尽くして地上に戻る男に、姫君がその箱を渡すのです。
決して開けてはならないと、男に言い置いて。
ですが男は開けてしまう。
すると中から白い煙が上がって、男は白髪の老人になったとか。
これを・・・どう思われますか?」
オスカーはただ黙って、わたくしを見つめていました。
「聖地の女王は万能の力をお持ちのはずです。
あなたの時間を進めることも・・・・不可能ではないでしょうね。」
「へ・・いか・・にお願いするのか?」
ようやく飲みこめたのか、オスカーの声に生気が戻り始めていました。
「お願い?
そうですね。
それですめば、それが一番良い方法でしょう。
ですが、そのようなことを女王が取り計らったなどと、わたくしは聞いたこともありません。
なかなかに、難しいことでしょうね。」
「リュミエール・・・。
おまえ、何を考えてる?
何が言いたい?」
「大したことではありませんよ。
あなたはいまだ現役の守護聖の身。
いくらでも女王に要求を飲ませる方法は、お持ちのはず。」
「お・・まえ。
陛下を脅迫しろと言うのか!?
この俺に!」
勢いよくオスカーは立ち上がり、信じられぬものを見るような目つきでわたくしを睨みつけています。
「個人的な事情のために、この俺が陛下を脅迫する!!?
そんなことができると思うか!?」
「では、仕方ありませんね。
お好きなようになさるとよろしいでしょう。
別にわたくしは、あなたにそうしろと言っているわけではありません。
あなたが策をお求めになったから、申し上げたまでのこと。」
なるほどオスカーには、無理なことかもしれません。
女王への忠誠と恋人への恋慕と、わたくしならばどちらがより重いか。
比べるべくもないことなのですが・・・。
わたくしはできる限りのことをしてさし上げましたよ。
胸の中のロザリアの面影にそう言い訳しながら、わたくしは目の前のオスカーを心から憐れんでいました。
あれほどの女性に愛されながら、己の美学にこだわりつづけなければ生きてゆけない、この不器用な男を。

「考えてみる。」
ずいぶん長い沈黙の後、オスカーがぽつりと口にしました。
沈うつな表情で、口元はきつく引き結んでいます。
「たしかに・・・他に方法はないようだからな。」
「そうですか。」
そう応えながら、わたくしは心の何処かで残念に思っている自分を感じておりました。
オスカーができない決心をして、ロザリアに会いに行ったなら・・。
彼女はどんなに喜ぶことでしょうか。
本来ならば、わたくしもそのことを共に喜んでさし上げるべきなのでしょうが・・・。
「で、ロザリアは何処にいるんだ?」
ですから、そう聞いたオスカーの言葉にも、わたくしは素直になれませんでした。
彼女のいる惑星の名だけを、彼に告げました。
「それだけではわからんだろう!?」
苛立たしげなオスカーの声が、ほんの少しだけわたくしの心を慰めてくれます。
「そこから先は・・・、どうぞご自分でお探しください。
そのくらいの苦労は、してさし上げても良いのではありませんか?」
「いい根性してるぜ、リュミエール。
おまえ、もしかして俺が失敗することを望んでいるのか?」
憎々しげにわたくしを睨みつけて、オスカーは短い儀礼上の謝辞とともに、帰って行きました。

そうです。
これだからわたくしはオスカーが嫌いなのです。
こういうことだけには、変にカンが働く男なのですから・・・。