Forever&Ever(13)
冷たい雨が降る。
聖地にあれば、女王の力によって完全にコントロールされている気候も、ここアルカディアではそうもゆかない。
女王の支配する空間とは別宇宙の事。
身体の芯から冷えこむような、細かい霧雨が何日も続いていた。
夢の守護聖オリヴィエは、閉めきったままの窓ガラス越しに、白くもやった外の景色を眺めやる。
「今日も雨か・・・。
なんだか気が滅入るね。」
執務室に当てられた部屋の中は薄暗く、それがまた彼の気分をさらに陰鬱にしていた。
窓から少し離れた壁に、手の込んだ細工つきの大きな姿見があり、彼は映し出された自分の姿に首を振る。
なんという表情だろう。
生気のかけらさえない。
別にとりたてて手を抜いているわけでもないのに、彼自慢の華やかな美貌はまったくナリを潜めていた。
何かを心にためて沈み込んでいる男。
年齢不詳の魔法使いのように、気味の悪い。
青年の姿形はしていても、全体の印象はまるで違う。
もうどのくらい生きているのかわからない、老人のようだった。
「ったく、こんなザマ、あんたに見せられやしないよ。」
鏡の中の自分も、そのとおりだと賛同しているようだ。
苦い笑いを浮かべている。
「今日も雨か・・・。」
同じ言葉が口をつく。
「多分、今日も来ないだろうね。」
窓の外は雨。
もう1度彼は窓辺に戻る。
多分来ないだろうと言いながら、こんなザマ見せられないと言いながら、それでも逢いたい恋人の姿をそこに探して。
同じ頃、ロザリアは女王の執務室でため息を漏らしていた。
「どうかしたの?」
金色の髪をした女王が、書類に目を落としたまま、声だけで尋ねる。
「ため息なんかついて。」
次にサインを必要とする書類を胸に抱えていたロザリアは、その声にはっと我に返った。
「失礼いたしました。
なんでもございませんわ。」
「そう?
なら良いわ。」
緑の瞳がまっすぐにロザリアを見つめている。
「体調でも悪いのかと思ったけど、そうじゃないなら良かったわ。
この後、オリヴィエのところに行ってちょうだいね。」
次の書類に視線を落としながら、女王はなんでもない風に続けた。
「え?」
もっとも聞きたくない名前を口にされて、ロザリアの表情は一瞬こわばった。
「なぜ・・ですの?
陛下。」
女王の命になぜと問う非礼さえ、この時のロザリアは失念している。
「おかしなことを聞くのね。
良いわ。
気がついてないのなら、ロザリアも知っておくべきだから。」
女王は立ちあがり、窓を開けた。
湿った冷気が流れ込み、ロザリアは身震いする。
金色の髪の女王は、雨にけぶる庭先のむこうを指差した。
「わかるわよね?
守護聖のサクリアの色。
その輝きが安定していないと、いかに女王と言えど全体のバランスをとるのは難しいわ。
ここは聖地じゃない。
ただでさえ、彼らにとって良い条件とはいえない。
いつか誰かがバランスを崩す。
心配してはいたけれど、それがオリヴィエになるなんて・・・。
ちょっと意外だったけど。」
くるりとロザリアを振りかえった女王の表情は、ロザリアのよく知る親友のそれではない。
まずこの世の平穏無事を願い、そしてそれを守る事を義務付けられた、聖女王の厳しい表情である。
「オリヴィエのサクリアが色を変えているわ。
勢いだけは今まで以上にあるけれど、その力からやわらかさと生気が消えた。
今のところ、リュミエールの力をブレンドする事でなんとかバランスをとっているけれど、いつまでもこんな状態は続かない。
もともと守護聖の力は、他に代替のきくものではないものね。」
仮の聖殿から、庭の向こうに点在する各守護聖の私邸が見渡せた。
それぞれの館から、サクリアのオーラが立ち上っているのはロザリアにも見て取れた。
彼女も女王と同じ資質を持った女王補佐官なら、女王の言葉の重みはすぐに理解できる。
サクリアの色が変わる。
それは大変な事である。
ことに、ここしばらくは、アルカディアにとって大切な時期であり、ここにいたって守護聖の力のバランスが狂うなど、あってはならない事であった。
「何が理由かなんて聞かないわ。
けど、困るの。
それだけはわかるわよね?」
女王は相変わらず厳しい表情のまま、ぴしりと言った。
「補佐官の勤めよ?
行ってくれるわね、ロザリア。
行ってオリヴィエを元に戻してちょうだい。」
拒めるはずもない。
自分は女王補佐官だ。
ロザリアはうなだれて、腰を落とす。
「はい、陛下。」
応えてはみたものの、ロザリアは激しく動揺していた。
どうすれば良い?
今、彼に会って、何を言えば良い?
彼を裏切っておきながら、平気な顔をして
「なにがあったの?」
そう聞く事などできるものか。
多分、いやきっと、彼は知っているのだ。
知って、そして乱れて。
サクリアの色が変わるほどに、苦しんでいる。
「ここはもう良いわ。
すぐに行って。
頼んだわよ、ロザリア。」
たたみかけられる女王の言葉が、この時のロザリアには、本当に恨めしかった。