Forever&Ever(18)
「わたくしは思うのですよ、ロザリア。」
リュミエールの静かな声は続いた。
「例えばあの2人。
ティムカもオリヴィエも、あなたのお気持ちを自分の下へ惹きつけておく事がかなわない。
その結果、彼らはあなたの心を誰かと共有しなくてはなりません。
あなたを求める気持ちが強ければ強いほど、それは確かに辛い事でしょうね。」
白の薄いティーカップをゆっくりと口元に運び、リュミエールはそこで一息ついた。
いつのまにか日はすっかり落ちていた。
窓から見える聖地の庭は、そろそろと夕闇に染まり始めている。
「灯りが必要ですね。」
すらりと立ちあがったリュミエールが、執務机にしかけたスイッチを操作した。
部屋の四隅に、控えめな灯りがともる。
「もう少し、明るくいたしましょうか?」
暗いオレンジ色に染まったリュミエールの白い肌。
「いいえ。
そのままで結構ですわ。」
ロザリアはゆっくりと首を振った。
「辛ければ、降りれば良いのです。
自分の身と心がかわいいなら、彼らの方から去れば良い。
なにもあなたが彼らを押さえつけ、傍にいるようにと命じているわけではないのですからね。」
再びロザリアの正面に戻ったリュミエールは、相変わらず優しげな微笑を崩さない。
だがその瞳の表情は隠せなかった。
なにかはかりごとを巡らせているのか。
うかがうように、ロザリアからじっと目を離さないでいる。
「だから・・・。
あなたが御自分をお責めになる必要など、少しもないのですよ?
すべては・・・・、彼らが好んでそうしていることなのですから。」
なにか言いたそうにロザリアは唇を開きかけ、そしてためらった末に言葉を飲みこんだ。
目を閉じて細く息をつく。
ほんの数瞬、2人の間に沈黙があった。
「おかしなことを。
リュミエール、あなたのおっしゃることをうかがっていると、わたくしますます自分がいやになってまいりますわ。」
重い口調でロザリアが発したその言葉を、リュミエールはさらりと受け流す。
「おや、それはどういうことでしょうか?」
それはリュミエールのしかけた罠。
きっとロザリアはそう応えるだろう。
すっかり予想したリュミエールが、用心深く張った罠への誘いの文句だったのに、当のロザリアはといえば、それに全く気付かないでいる。
「だって、そうではありませんの?
あなたのおっしゃるとおりなら、わたくしはオリヴィエとティムカの心を好きにもてあそんでいるということでしょう?
2人が自ら離れないからと、わたくしは・・・・。」
青い目を心もち吊り上げて、美しい眉を寄せ、ロザリアは早口で切り出した。
「ひどいことをしているのですわ。
やはりわたくしは。」
「それは勝者の特権ですよ。」
口元は変わらず緩やかな曲線を描いたまま。
けれどその声は、しんとして冷たい。
「リュミ・・エール?」
息を飲んでロザリアは目をみはる。
「より多く、相手を恋うる者が負けなのです。
どんなにひどいことをされても、それでも自分からは離れられない。
始りはいつも新鮮です。
ですがいつかそれは色あせて、慣れ親しんだ相手への気持ちはしぼんで行くもの。
お互いにそうであれば問題はないのです。
そうではない時、取り残された方は憐れですね。
けれど、それも仕方のない事。
思いを計る天秤は、釣り合う事のほうが珍しい。
わたくしは、そう思っておりますから。」
淡々とした口調であった。
当事者であれば、きっと冷静ではいられないだろうことを平然と口にする。
それは確かに真実かもしれない。
リュミエールの語った言葉は、一般論としては正しいのだろう。
だが、ロザリアはどうしても素直に頷けないものを感じていた。
自分とオリヴィエの関係を、馴れ合いの、鮮度の落ちた恋と決めつけられたような気がしたからだ。
馴れ合いに飽きた自分が、新鮮なティムカを欲した。
そう決め付けられては、不愉快だった。
「あなたのおっしゃることが正しいとしたら・・・。」
ゆっくりと、ロザリアは反撃を開始した。
微笑の下にたっぷりの皮肉を織り交ぜて。
「わたくしもいつか、自分からは逃げられない、そんな辛い思いをする事になるのですわね。
その時、わたくしもあきらめなくてはなりませんのね?
わたくしは敗者なのだから。
何をされても仕方ないのだ・・と、言い聞かせて耐えなくてはなりませんのね?」
青い瞳の色が濃くなっていた。
攻撃的な怒りの色を映して、リュミエールをきつく見据える。
「とんでもないことですわ!!」
吐き出すように、ロザリアは言葉を投げ出した。
「人には、心というものがありますわ。
誰かを恋うるということは、相手の心を自分の心と同じに扱うということだと。
わたくし、あなたと話していて、ようやくはっきりとわかりましたわ!
そしてあの時、わたくしがあなたではなくオリヴィエを選んだわけも、今はっきり。
リュミエール、お礼を申し上げなくてはなりませんわね。
本当に、ありがとう。」
冷めたミルクティーのカップが、リュミエールの向かいに一つ、とり残されていた。
ぼんやりと薄暗い照明の下、リュミエールは小さな笑いを漏らす。
これで良い。
これで彼女は、きっとオリヴィエの元へ戻るだろう。
ティムカに連れて行かれる事は、この際リュミエールにはなんとしても避けたいところだ。
彼女がティムカに惹かれたその理由を、彼女はまだ自覚してはいない。
大貴族の娘に生まれた彼女なら、そしてあれほどの才気とやわらかな感覚の持ち主であるのなら、貴族の恋に惹かれるのは当然だとリュミエールは思っている。
生きる意義、価値、そのすべては、ただ相手を恋うることに置きかえられる。
ティムカの恋は、まさに貴族の恋。
これに捕まったら、おそらく彼女はもう2度とリュミエールの元へは戻るまい。
第一ティムカが放すまい。
同種の男であるだけに、リュミエールにはそれがよくわかる。
そしてオリヴィエは・・。
彼はきっと許せまい。
1度自分を裏切った彼女を、求めつつもきっと・・・。
「わたくしもいつか、自分からは逃げられない、そんな辛い思いをする事になるのですわね。」
ロザリアがぶつけた言葉。
リュミエールは、取り残されたカップの向こうの幻に微笑みかける。
「ええ、そうですね。
そうなるかもしれません。
けれどその思いを受けるのは・・・・・。
わたくしだと・・・・、今はまだ申し上げないでおきましょうね。」