Die Station ~ die zu Heaven fortsetzt~(16)
「父上、俺はやはり不肖の息子ですね。」
両親の墓前、白い百合を手向けて、オスカーは父に話しかける。
「どうかお許しください。
もう少しだけ…、未練がましくあることを。」
草原を渡る風に混じって、父の笑う声が聞こえたような気がした。
<まあ良いさ。
融通のきかぬ石頭が。
だが今度こそしくじるなよ。>
融通のきかぬ石頭。
確か聖地でも、同じようなことを言われたと思い出す。
ああ、そうだ。
派手なナリをした夢の守護聖オリヴィエだ。
「クソがつくほどの生真面目。野暮天。」
ひどい言われようだと、苦笑する。
あいつはどうしているのだろうか。
あの地で変わらずいるのだろうか。
その思いが、眼下に黒く光る鋼鉄のレールの先を追わせた。
あの先に、かの地がある。
ただの人の身には、届かぬ地。
その地へ続く鋼鉄のレール。
列車が走ることなど、絶えてない。
それはかつて、この地からただの人であった少年が、かの地に召還された日の名残。
守護聖を輩出した名誉を記念する、碑のようなものである。
その碑に先ごろ列車が走った。
闇の守護聖を乗せたその列車が去ったのは、一月ばかり前。
それからオスカーは、ずっと待っていた。
あの碑に再び列車の姿を求めて。
「きっと来る。
君はきっと…。」
聖地に在った頃より少し長くなった赤い髪を、かきあげる。
薄く形の良い唇を上げて、オスカーは微笑した。
あの日、闇の守護聖クラヴィスに、彼は言づけた。
「待っていると。
そう伝えてくれ。」
短い一言だけ。
それで十分のはずであった。
それと共に紫の小箱も。
「渡して欲しい。
ロザリアに。」
「確かに伝えよう。」
闇の守護聖は、そうして聖地に向かう列車に乗り込んだ。
心をなくしたというロザリアを、今すぐこの腕に抱き取りたい。
その身体を揺さぶって、あの青い二つの瞳に、自分の姿を映したい。
焦れる思いはあったが、今のオスカーにできることは、待つことだけだった。
だから見送った。
闇の守護聖の背を、唇をかむ思いで。
それからの時間の、なんと長いことか。
意地悪なほど、時間はゆっくりと過ぎてゆく。
「俺は気の長い方じゃない。」
公言してはばからぬ彼の性格なら、待つことは大の苦手、もっとも不得手なことである。
その彼がただ待っていた。
待つ身に時間は残酷であった。
悪い未来ばかりが、頭に浮かぶ。
血を吐く思いで告げた別れとは言え、女王ゆえに彼女を置き去りにしたのは事実。
誇り高いロザリアは、許せない裏切りと恨んではいまいか。
考え始めると、止めようもない。
悲観的な思いばかりがぐるぐると回る。
両親の墓のある高台からは、遥かに遠くレールの行く手が見渡せた。
だからオスカーは毎日そこへ行く。
未練がましいと、きっと父は笑っているだろうが、もう見栄も体裁もオスカーは捨てていた。
待つことしかできない。
あの夜、最後の夜に、彼女を裏切った自分を許してくれることを信じて。
冷たい風が、足元から吹きつける。
じきに冬が来る。
弱い陽ざしが先ほどよりずっと低い位置で差し込んで、そろそろ夕刻近いことを知らせていた。
今日もだめかとため息をついた。
と…。
大気を震わせて、警笛の音。
「夢…か。」
動悸が速い。
胸がしめつけられるようだ。
緋色の空の下、遥かに広がる地平線から群青の列車が現れる。
ピーッ!
もう一度大気を揺らす警笛の声。
足が震えた。
ぎりぎりと痛む心臓は、まるで素手でわしづかみにされたよう。
大きく息を吸い込んだ。
目を閉じる。
「感謝します。」
誰にともなく小さくつぶやくと、次の瞬間、オスカーの身は栗毛の愛馬の背にあった。
鐙を踏んだ。
勢いよく。
主の心がそのまま移ったか、馬は全速力で駆け抜けた。
枯れて色づいた草の原を。
風を鳴らして。
古い木造の小さな駅舎。
そこに近づく群青の列車。
コマ送りのフィルムのように、時間は小刻みに過ぎる。
先頭車両がホームへ入り、やがて客車、そして最後尾がすっかり入りきったところで、列車は静かに停まった。
シューッ。
列車が息をつき、そしてすべての音が消える。
コツン…コツン…。
デッキにヒールの音が響いた。
コツン…コツン…。
近くなる。
たまらず駆け出した。
息を切らして近づいたデッキ。
白いつば広の帽子の彼女をみつけた。
煌く青い瞳が、オスカーを見つめる。
「手を貸してはくださいませんの?」
青い視線はオスカーに向けたまま、すいと左手を差し出した。
スタールビーの輝く長い指。
時間が、止まった。
差し出された左の手。
その手をとって、そのまま抱き上げた。
「俺を笑ってくれ。」
かすれた声。
「君と離れて生きてゆける。
そう思った俺を笑え。
できるはずもない。
なかったのにだ。」
唇が重なる。
離れた時を埋めるように、それは長く長く続いた。
「ここがあなたの故郷ですのね。」
わずかに離された唇の間に、オスカーの腕の中、ロザリアが微笑した。
「きっと好きになりますわ。
だってあなたがいるところ、そこがわたくしの家なんですもの。」
冬の初めの風が吹き抜ける。
だがその風は温かく優しい。
枯れた草の匂いがした。