金と銀(14)
切なくて切なくて、胸が痛む。
そんな感情は、とうに忘れてしまったと思っていた。
だがあの翡翠の瞳が思い出させる。
封印された感情は、以前にも増した勢いでレヴィアスの胸を焼く。
「愛しておいでなのでしょう?」
カインの言葉は、まさに真実だった。
「どうか素直におなりください。
ようやく息が整ったのか、ゆっくりとカインが言った。
「あの娘は強い。
儚げに見えて、どうしてなかなかのものです。
あの娘になら、レヴィアスさま、あなたを任せられる。
私はそう思いました。」
ぎりっと音のするようなレヴィアスの視線が一瞬強くなり、そしてふいに力なく外される。
視線を落とす。
「だから・・・。
だからどうした?」
つぶやくような、小さな応え。
「仮におまえの言うとおりだとしても・・・・。
我にはどうしようもない。
我は敵だ。
あの娘にとって、憎むべき。
今更・・・・、お互いの立場は変えられぬ。」
言葉にして、レヴィアスはあらためて絶望する。
そうだ、そのとおり。
自分は敵なのだ。
彼女にとって、忌むべき敵。
その関係が終わるのは、どちらかが負けた時。
そしてそれは、負けた方の命の終わりを意味していた。
「では、お変えになればよろしいでしょう。」
事も無げにカインは言った。
「なに・・・?」
赤い瞳を和ませて、カインはにっこりと笑っていた。
「お止めになればよろしいのです。
この宇宙を侵略する事、そしてその後あの惑星に戻るという事を。」
金と緑の瞳が、大きく見開かれた。
信じられぬものを見るように、カインを凝視する。
「なんと・・言った?」
「お捨てになれば・・・と、申し上げました。
レヴィアスさま、あなたを縛る故郷への執着を、お捨てになればと。
そうすれば、今からでも間に合います。
彼女を、あの少女を、お傍に置く事もかないましょう。」
捨てる?
本来彼が君臨すべきであったあの惑星を。
叔父の策謀と無能な父とによって奪われた、レヴィアスの正統な地位を。
身の置き所なく、疎まれて疎まれて屈辱にまみれて暮らした日々が、レヴィアスの脳裏に蘇る。
そして敗残の彼の身を、永久に拒んだあの最後の日。
いつか必ず戻ってくる。
その時には、皇帝の宝冠を戴いて。
必ず。
そう決めたからこそ、生きてこられたとレヴィアスは思う。
その執念こそ、彼を生き長らえさせた原動力である。
それを捨てる?
できない・・・・。
できるはずもない。
「できぬ・・・。」
あきらめの混じった苦い微笑を浮かべた唇が、短い応えを返した。
「カイン、我にはできぬ。
ゆえに・・・・、あの娘は得られぬよ。」
「では、お勝ちください。
なにがあっても。
そしてその時、彼女をお連れなさい。
力づくででも。」
勢いこんでさらに迫るカインに、レヴィアスは首を振った。。
「カイン・・・・。
あの娘に会ったのならわかるはずだ。
あれはけっして我に従わぬ。
仮にあの娘が我を恋しいと思っていたとすれば、その事でなお、あれは自分を責めるだろう。
我は・・・・・、そんな姿を見たくはない。
ならばいっそ・・・・。」
ならばいっそ。
その先の言葉は、さすがに口にできなかった。
<永久に手の届かぬところへ行かせた方が良い。>
「綺麗なことを!」
強い調子で、カインが詰め寄った。
「生きて、まだ生きて命があるのですよ?
あの娘にはまだ。
どろどろになったとして、死んだ方がマシだと思うほど汚れたとして、その先どうなるかわからないではありませんか?
それを怖れ、拒んで、畏れながらエリスさまも、そして私に縁の娘も自ら死を選んだのです。
結果どうでしょう?
私やレヴィアス様はどうなりましたか?
どうか、もう1度お考えください。
そしてご自身のお気持ちに、正直におなりください。」
わずかの沈黙。
そしてその後、レヴィアスはカインの隣りをするりと通りぬけた。
「レヴィアス様?」
呼びかけるカインに、レヴィアスは背を向けたまま。
扉の取っ手に手をかけていた。
「レヴィアス様!」
もう1度呼びかけるカインに、レヴィアスが応えた。
「我にはできぬ。
何度も言わせるな、カイン。」
表情の読み取れぬ無感動な声。
「だが、これで我も思いきりがついた。
ケリをつけてこよう。
今度こそ・・・な。」
ぎぃ・・と扉の開く重い音。
「感謝している。
カイン、おまえの気持ちには・・・。
ありがとう。」
扉は再び閉じられた。
1人取り残されたカインは、言葉もなく、ただそこに立ち尽すことしかできないでいた。