金と銀(18)
最後の戦場は、辺境の地にあった。
こんな騒ぎが起こらねば、多分一生足を踏み入れる事もなかったはずの。
主星から遠く離れた、果ての果て。
「旧き城跡の惑星」。
その名のとおり忘れ去られた城跡のみ残る、寂しい惑星だった。
そのはずだった。
レヴィアスの魔導はその城跡を、かつての姿、人が暮らし時間が動いていた頃の姿に蘇らせた。
堅牢な石造りの外壁。
蔦の絡んだ礼拝堂。
さまざまな花々の咲き乱れる中庭は、きっちり手入れをされていて、その奥に続く回廊はこじんまりとした建物に続いていた。
女性のための塔らしく、華美で手の込んだ装飾がなされている。
「ここに・・・・。
ここにレヴィアスがいる。」
華やかで優しげな外見とは裏腹に、この城をおおう空気はしんとして冷たい。
寂しくて、哀しい。
アンジェリークには、それがレヴィアスの心の声のような気がしていた。
「感傷に耽っている暇はないぞ。
とにかく進まねば。
我々には、時間がない。
これ以上長引けば、いずれ陛下のお身体にも限界が来る。」
背中からかけられた声で、アンジェリークははっと我に戻った。
振り返る必要もない。
厳しい現実をつきつけて、そして彼女に戦えと命じるこの声が、ジュリアス以外のものである筈はなかったから。
聖地にあったレヴィアスの呪縛は、既に解かれていた。
だが幽閉による極度の緊張と、その間もずっとアンジェリークたちに守護の力を送り続けた疲労によって、女王の心身のバランスは崩れた。
今、彼女は聖地で臥せっている。
臥せりながらも、まだ守護の力を送り続ける。
アンジェリークは彼女のサクリアをいつも身近に感じながら、あらためて金の髪の女王が女王以外のものでないのだと、賞賛の思いを強くしていた。
だがその力も無限ではない。
所詮生身の身体でしかない女王の体力は、もうこれ以上の緊張と無理には耐えられないはずだった。
ジュリアスのいうとおり、なんとしてでも今回の騒動の元凶を断たねばならぬ。
元凶。
レヴィアスの存在を。
「わかっています。」
つい、尖った口調になってしまう。
わかっているのだ。
ジュリアスの言う事が正しいのだとは、アンジェリークにも。
だからわずらわしかった。
これから先どうしても逃げられないものを、真正面につきつけて彼女の頭をおさえつけ、目を背けるなと命じるその声が。
相反する二つが、彼女の心の中でせめぎ合いをしていた。
一つは女王である彼女の義務。
この宇宙を守ること。
そのために、皇帝レヴィアスの息の根をとめること。
そしてもう一つ。
殺さねばならぬ皇帝レヴィアスを救いたい。
身体も心もすべてすくいとって、そして自分の胸に抱きとってしまいたい。
そう願う強い気持ち。
「何が大切か。」
ジュリアスが言ったことを、あの晩からアンジェリークはずっと考えてきた。
いまだ結論は出せぬまま、目の前に戦場への扉は開かれた。
背中にジュリアスの沈黙を感じて、アンジェリークはもう一度言いなおした。
「大丈夫です、ジュリアスさま。
必ずここで終わりにします。
それが私の務めですから。」
それはジュリアスに答えたというよりも、むしろ自分に言聞かせるための言葉だった。
アンジェリークも女王ならば、金の髪の女王同様、なさねばならぬ義務をもつ。
そしてその義務が、彼女にしかなしえないものならば、それに忠実である他、彼女になにができようか。
「必ず陛下をお守りします。
そしてこの・・・・、私の生まれたこの宇宙も。
きっと。」
ぎりっと心臓をねじり上げられたような痛み。
だが仕方ない。
耐えねばならぬと、アンジェリークは思った。
回廊を抜けた先は、言葉どおり戦場だった。
いくらも進まないうちに、アンジェリークたちは魔導で作られた恐ろしい魔物の波状攻撃を受ける。
一つ倒す。
するとまたすぐに、新手の魔物が間近に迫った。
息を整える間さえない。
「キリがないよ。」
緑の守護聖マルセルが、半べそをかいた。
「泣き言を言うな。
ここまで来たんだ。
こうしてヤツラを蹴散らしながら、前へ進むしかないだろう?
退路はないぜ?
覚悟を決めるんだな。」
最前線で剣を振るう炎の守護聖が、もう幾体目かの魔物を真っ二つにしながら、怒鳴りつけた。
緑の返り血をふんだんに浴びた彼は振り返り、そしてにやりと笑った。
「おまえも男だろう?
アンジェリークにかすり傷一つ負わせるな。
良いな?」
不敵な笑みが、マルセルだけでなく、仲間全員を奮い立たせた。
アンジェリークの周りに、幾重もの防御陣が敷かれる。
「僕、頑張るから。
アンジェリーク、大丈夫だからね。
まかせてて。」
さっき半べそをかいていた少年が、見違えるほどきりりとしていた。
大きなスミレ色の瞳に強い決意の色を浮かべ、唇をきゅっと引き結んでいる。
「私も頑張ります。」
頑張らなくちゃ。
アンジェリークも、ようやくそう思えた。
こうして自分を、無事にレヴィアスのもとへ連れ行こうとしている仲間の為にも。
たとえそれが、恋しいレヴィアスの息の根を止める為でも。