アナログなロマンス(3)
「ありがとうございました。
ではわたくし、失礼いたしますわ。」
この日最後の育成の依頼を終えたロザリアは、炎の守護聖オスカーに、丁寧な礼と辞去の挨拶をしていた。
厚いファイルに隠した例の本。この後いつもの場所で、それを読むのを楽しみにしている。だから挨拶も、いくぶん早口になろうというもので。
「おいおい、お嬢ちゃん。
どうした?
ずいぶん急いでいるじゃないか?」
からかうように笑うオスカーにも、今日のロザリアは取り合わない。
事実、急いでいるのだから。
腰を落とした優雅な礼をひとつ。
ロザリアは、そのまま彼の執務室を後にした。
今日はいよいよラストシーン。
姫君と騎士は結ばれるのだろうか?
そんなことを考えながら、いつもの場所へと足を速める。
木漏れ陽の優しい木陰。さらりと乾いた木の根に腰掛けて本を開いた。
「貴方は誰?」
姫君が恋しい騎士にその正体を問いかける場面。
わくわくしながら読み進むうち、いつかロザリアは物語の姫君に同化していった。
魔物から姫君を救い出した闇の騎士。
これまで一度も、素顔を見せてはいない。
姫君は何度も彼に問う。
「貴方は誰?
どうしてわたくしを助けてくださるの?」
魔物に囚われた姫君を守って、騎士は幾度も戦った。
助け出したかと思えばまたすぐに魔物が姫を取り戻し、また助け出し。
延々と繰り返される戦いのその間に、姫君は次第に闇の騎士を慕わしく恋しく思うようになってゆく。
けれど寡黙な騎士は、けして自分のことを語らない。
語る言葉はいつも同じ。
「あなたを愛しています。
それこそが貴方をお救いする理由。
今はただ、それのみを信じて。
私が誰か、いつか明かすその時まで。」
そしてついに、騎士は魔物を倒した。
今こそ騎士の正体が明かされる。
「貴方は誰?」
姫君の問いに、騎士は黒いマスクを外す。
プラチナブロンドの長い髪。薄い薄い氷のような青い瞳。
「あ…。」
姫君は言葉を失った。
両手で口元をおさえ、蒼い瞳を大きく見開いて。
「俺でなければ良かったか?」
それは隣国の領主だった。
姫君の父が病で倒れた時、領土を侵さぬ代わりに姫君を妻によこせと言った無法者。
粗野で野蛮で下品でと、どんなに嫌っていたことだろう。
その彼がなぜ?
あんなに自分を嫌った姫君のために、なぜ命がけで魔物と戦ったのか?
信じられぬ思いでただ見つめるしかできない姫君に、騎士はもう一度問う。
「俺だと知って、がっかりしたか?
俺でなければ良かったと、そう思っているか?」
その声は姫君のよく知る声。
闇の中、馬の背で彼女を抱きしめて、
「大丈夫だ。
あなたは必ず私が守る。」
優しく頼もしく、そう誓った声。
姫君は騎士に手を差し伸べ、そして微笑する。
「あなたがどなたかなど、わたくしにはもうどうでも良いことです。
あなたはあなた。
わたくしを助け出してくださったのは、今目の前においでになる、あなたなのですから。」
騎士はその手に唇を押しあてる。
「私の妻に…。」
「はい、喜んで。」
抱き合う二人。
甘い甘い恋の成就。
「素敵ですわ…。」
大きく長いため息をついて、ロザリアは本を閉じる。
死ぬほど嫌いだと思っていた隣の領主が、闇の騎士だっただなんて。
「きっと彼は、とても不器用だったのですわね。
姫君を愛していたのに、素直に愛を打ち明けられなかったんですわ。
だから父君の病につけこむようなことをして。」
もう一度大きくため息をつく。
そこへ。
「おい、ロザリア。」
現実の声。
しかも間違いなく、あの意地悪な鋼の守護聖ゼフェルの声。
ロマンのかけらもあるものではない彼に、今は邪魔されたくなかった。
だから無言で視線だけを上げる。抗議の意味をこめて。
ところが、そこでロザリアは思いもかけぬ表情を見つけた。
銀色の髪の少年は、頬を赤らめて照れたようにふいっと目を逸らしている。
「ゼフェルさま?」
様子が変だ。
どうしたのかと問いかけるより早く、ゼフェルがロザリアの手首を掴んだ。
「え?
何をなさいますの?」
ロザリアの声などまるで無視で、ゼフェルは彼女の手を引っ張ってどんどん先へ進む。
「どこへ参りますの?」
これも無視。
ようやく着いた場所は、ゼフェルの私邸の庭であった。