アナログなロマンス(4)
「まぁ…。」
思わず感嘆の声をあげる。
銀色の馬が、そこにいた。
夕暮れの薄闇の中に、鈍く輝く銀色の馬。よく見ると精巧な機械仕掛けの馬のようである。
「ゼフェル様、これ。」
「じきに日が落ちるから。
そしたらこいつに乗せてやる。」
ぶっきらぼうに、投げ出すように、銀色の髪の少年はそう言った。
「これ…に?」
「ああ、そーだよ。
闇ん中、馬で走りてえんだろ?」
そこでロザリアは、ようやく気づいた。
ゼフェルはこれを、ロザリアのために造ってくれたのだ。
そういえば、ここ三日間、ゼフェルは聖殿に出仕していないのだとアンジェリークから聞いていた。
いったい何をしているのだろうと思いはしたが、まさかそれがこの馬のためだとは。
〈おかしいわ、わたくし。
嬉しいと思っている。
守護聖様が、ご自分の仕事を放り出して、こんなものを造っていたっていうのに。
でも嬉しい。
おかしくても、やっぱり嬉しいわ。〉
いまやロザリアの頬も、ゼフェルのそれと同じくらい赤く染まっている。
蒼い瞳にいつにない甘いはにかむような表情が浮かんでいて、それがゼフェルに期待を持たせる。
〈こいつ、今、嬉しいとか、思ってんじゃねぇのか?〉
まる三日、ほぼ完徹で造ったことなど、ロザリアのこの表情の前にはすっかり忘れて、ただぼ~っとのぼせるだけのゼフェル。
よし、いけるぜ。
いくしかない。
気合を入れて、今度はちゃんと声を出す。
「そろそろ行くぜ。
来いよ、乗せてやる。」
エアバイクのエンジンを搭載した馬である。
鞍には、バイク用シートの素材を使ってあった。
見かけはあくまでも馬であったが、乗り心地は快適にと、ゼフェルがロザリアのためだけに気遣った設計である。
コントロールパネルへつながる手綱をとって、ゼフェルは左腕にロザリアを抱いた。
「行くぜ?」
銀の馬が、空へ舞い上がる。
ちらちらと星の瞬く夜の空。
途端吹き付ける冷たい風。
けれどゼフェルには、心地よい。
ドキドキドキドキ速い鼓動。
身体はかぁっと燃えているようで。
かっかと火照る頬を風になぶらせて、前を向いたままロザリアに聞いた。
「寒ぃか?」
普段着のままのロザリアが、ゼフェルの胸で小さく頷いた。
ドキンドキンドキン…。
胸の鼓動がさらに加速する。
「ちっと我慢しろ。」
乾いてからからになった口から、ようやくそれだけの言葉を搾り出す。
そしてほんのちょっとの間ためらって、ゼフェルは左腕に力を入れる。
ロザリアの身体を、左の胸にぴったりと抱え込んだ。
銀の馬で駆ける。
楽々と聖地の結界を越え、首星の上空を滑るように。
新月の夜で、満点の星がまるで降るように二人を包む。
「綺麗…。」
同意を求めて顔を上げると、その先に銀色の髪の少年の横顔があった。
青年と少年のちょうど中間にある、繊細で、けれど確かにどこか男の匂いのする横顔。
ふいに恥ずかしくなって顔をうつむけると、ゼフェルの左腕がぐいとロザリアの身体を抱いた。
「あんま、動くな。」
かすれた声。
「ゼフェル様?」
聞いたこともない声に、ロザリアが顔を上げると、怒ったように見える赤い視線とぶつかった。
「襲われたくなかったら、動くなつってんだ。」
ゼフェルは、計算外の拷問に耐えてる真っ最中であったのだ。
惚れた女を腕に抱いて馬に乗る。
やわらかいロザリアの感触を直に感じて、吐息さえかかるほどの至近距離で。
ゼフェルも健全な青少年であれば、この状況にはかなりつらいものがある。
本音を言えば、ぎゅうっと両腕で抱きしめてキスの一つくらい、いやそのもっと先までしたいくらいである。
だがなんといっても、相手は超のつく箱入りお嬢のロザリアで、初めてのデートで、しかも告ってもいないうちにガバッといくってのは、ゼフェルのプライドが許さない。
ここはなんとしても踏ん張って、それらしいテキトーな場所へ連れてってと耐えているのだが、ゼフェルの気もしらないで、このバカ女はごそごそと身動きしやがってくれるのだ。
そのたびゼフェルは、奥歯をかみ締めてぐうっと耐えているというのに。
「ゼフェル様、わたくしを襲いたいんですの?」
だからロザリアが、怒った風もなく不思議そうにそう問いかけた時、ゼフェルはマジでキレた。
「あーそーだっ。
惚れた女、抱いてんだぜ?
襲いたくねえわけねえだろがっ!」
言った。
これが告るというヤツなら、なんとまあ、まんま正直なダサい台詞だろうか。
ゼフェルはちょっとがっかりしたが、言ったものは仕方ない。
開き直ることにした。
「俺はおめーが好きなんだよ。
もうずっと前からだ。」
そこで言葉を切って、ゼフェルはロザリアの瞳を覗き込む。
答えを待った。
数秒、いやもっと短い沈黙であったかもしれないが、ゼフェルにはとてつもなく長く感じる沈黙が流れ。
ようやくロザリアの唇から言葉が漏れた。
「素敵ですわ…。」
蒼い瞳には星がいくつも散っている。
何がどうして、そういう答えになるのか理解できないゼフェルは、そのままロザリアの言葉の続きを待つ。
「まるで先ほどの物語のよう。
ゼフェル様はわたくしをお好きでしたのに、まるで反対のことばかりなさいましたのね?
わたくし、ちっとも気づかないで…。」
ぶちぶちぶちっ。
ゼフェルは血管の切れる音を、聞いたような気がした。
ゼフェルの告白もけしてスマートといえるものではなかったが、それにしてもこの反応はとぼけすぎている。
馬鹿やろうと怒鳴ろうとした瞬間、ゼフェルは固まった。
頬に。
ロザリアの唇が触れていた。
「わたくしも、ゼフェル様が好きですわ。」
とどめ。
今度こそ、ゼフェルの思考回路は完全に停止した。