蒼の蜃気楼(4)
「嫌がっていたろう?
ついさっきまでさ。
ここに出るの、気が進まなかったんじゃないのかい?」
銀の月に濡れた美しい夜。
庭園を歩きながら、オリヴィエは聞いた。
ち……と、内心で舌打ちをする。
我ながら、なんと情けない切り出し方であることか。
一目で惹かれた。
彼女の心を惹きつけたかった。
だから弾いた、歌ったのだと、どうして素直に告げられない?
「見ていらしたの?」
けれど少女は、しごく素直に頬を染める。
「いいえ、そんなはずありませんわね。
でも……、ええ、そのとおりですわ。
わたくし、ずいぶん駄々をこねましたの。」
「どうして?」
オリヴィエの問いに促されるように、少女はその紅い唇を開く。
「わたくし、じきに嫁ぎますの。
ここよりずっと大きな、豊かな土地だそうですわ。
街並みも美しいのだと。」
「だから?
他の男にお愛想を振りまく気にはならなかったって?」
不愉快な事実であった。
オリヴィエの胸に霜が降りる。
「許婚者の、その幸せな男は、ずいぶん狭量なようじゃないか。」
「さあ……、どうでしょうかしら?
わたくし、その方を存じ上げませんもの。
わかりませんわ。」
それはとても王女らしい反応で、彼女のような身分の女性であれば、珍しいものではない。
政略結婚など、王族には至極当然のもので、むしろ愛し愛されて嫁ぐ、その方がよほど不自然であった。
聖地に長く居る間には、度々あちこちの王族の婚姻を目にする機会もあったオリヴィエである。
「そう……。」
軽く受け流す程度のそのことが、どうしたことか、今夜は癇に障る。
「立派だね。
見も知らぬ男に嫁ぐんだ?
国のために。
立派な王女様だよ。」
なんと幼い皮肉であることか。
口にした自分に、うんざりする。
けれど少女は、怒らなかった。
ただひっそりと微笑して聞く。
「ではどうしろとおっしゃるの?
これ以外に、わたくしに選ぶ道があって?
こんな小さな国でも、わたくしは王女に生まれましたの。
そうしたら、仕方のないことでしょう?」
仕方ない。
この世には、自分の力ではどうしようもない、仕方ないとあきらめる他ないこともある。
薄い紅の唇から漏れた言葉が、オリヴィエの心の翳に共鳴した。
「認めてしまうのかい?
あっさり、そうしてあきらめられるって?
私は、嫌だね。
誰かに自分の行く末を決められちまうなんて、冗談じゃない。
まっぴらだよ。」
どうしてこんなことを口にするのか。
これまで誰にも漏らしたことのない本心が、堰を切ったように溢れ出す。
聖地を遠く離れた辺境の地で、初めて会った少女。
天上の絹の声と、星の瞳をした彼女に、魅入られてそれでこのザマか。
粋な言葉に音楽に、酔わせて夢を見せて口説くのが本当なのに、まるで駄々っ子のようじゃないか。
駄々っ子のように甘えている。
自覚してオリヴィエは不機嫌になった。
「部屋に戻るよ。
悪いけど、父君にそう伝えておくれ。」
振り向きもせず、オリヴィエはその場を後にした。
振り返るのが怖かった。
さぞ呆れているだろう彼女の、蒼い瞳に本心を見透かされるのが、何より怖かった。