O ma Rosalia!(4)
(4)
主星から少しばかり離れた緑の惑星は、遠い昔、さる名門貴族が星1つまるごと買い取った私有地であった。
いずれ長い務めを終えて戻ってくるであろう愛娘が、誰に気兼ねすることもなくゆっくり過ごせるようにと。
買い求めた両親は、もうとうにこの世の人ではなかったけれど、その意を汲んだ女王府が代わって大事に管理している。
とはいうものの、この惑星は辺境であった。
主星からの距離は、さほど遠くはないのだが、週に一度の物資運搬船を除けば、他に宇宙船の航行もない。
女王府より雇われて、この惑星の森や館の管理をする人々がいるにはいたが、ごくわずかであり、名門貴族の姫君がここへ住むなどできるはずもない。
皆、そう思っていた。
ところがつい先ごろ、針葉樹の目立つ尖った森と湖に守られるように立つ白い館に、その人は現れた。
蒼い瞳の美しい女性。
ロザリアだと名乗った。
少し後ろに、彼女よりほんの少しだけ背の高い、銀色のアンドロイドが控えていた。
「館のことは、彼がやってくれますわ。
お気遣いはご無用に。」
執事やメイドが必要だろうとの女王府の進言を、ロザリアは笑って謝絶した。
言葉どおり、その美しい女性ロザリアは、たった一人で館に住んでいる。
ただ1体、銀のアンドロイドだけを傍に置いて。
やわらかな薔薇の香りがする。
くんと小さく鼻を鳴らして、ロザリアはひじ掛けに預けた身体をゆっくりと起こした。
庭の薔薇にしては、香りが近い。
どこ…と目で追うと、白磁の花瓶に薄いピンクのバラがある。
多すぎも少なすぎもしない、品の良いバランスで空気を抱くように優雅に、かわいらしくそこにあった。
「気が利くわ。」
笑いながらそう言うと、傍に控えていたアンドロイドが、ひゅんひゅんと軽いうなりをあげた。
「わたくしの言ったこと、わかるの?」
足も手も人間を模して造られたアンドロイドは、ワルツのステップでくるくると回っている。
喜んでいるらしい。
「ほんとに素直ね。
……。
誰かとは大違い。」
銀色の髪をした青年、ドライバーを握った油まみれのその姿を思い描く。
「うっせーよ。
悪かったな。」
乱暴なもの言いも、ギンと音がしそうに尖った視線も、すべてが愛おしい。
聖地を離れてすぐに届いた、銀色のアンドロイド。
誰からかなど、尋ねる必要もなかった。
ここで暮らしてはや2か月を過ぎるが、聖地に居た時と変わらぬ暮らしができるのは、ただただこの彼、アンドロイドのZ(ゼータ)のおかげである。
掃除洗濯はもちろん、料理に給仕、繕い物にドレスの仕立て、果ては家のメンテナンスにいたるまで、生活に必要なことで彼にできないことはない。
すらりと長く器用な腕は、機械仕掛けとは思えぬほど優雅に繊細に動く。
例えばロザリアの朝の紅茶など、完璧に好みの香りと濃さで淹れることができた。
「どこで覚えたの?
ミネラルウォーターしか、飲まないくせに。」
窓の外に、高く広がる空を見上げて、ロザリアは問いかける。
けして泣くまいと、聖地を出る時ロザリアは決めた。
泣いて何かが変わるわけもない。
それならば受け容れよう。
すべてを受け容れて、穏やかに暮らそう。
そう決めたはずなのに。
大粒の滴が頬を伝う。
後から後から、途切れることなく。
あきらめたはずの未練が、首をもたげて胸を締めつける。
ひゅんひゅんと小さなうなりと共に、Zが傍にやってくる。
1つ目の赤いセンサーが、ちかちかと点滅する。
ゆっくり、ゆっくり、繰り返し瞬いて。
「泣くな。」
聞こえるはずのない声に、ロザリアは反射的に振り返った。
「ゼフェル?」
ゼータ?
銀色の頭部に埋め込まれた1つ目が、赤くせわしなく点滅していた。
ゼータが喋っている。
ゼフェルの声で。
「俺のいねーとこで、泣くんじゃねぇつってんだろ。
俺が、やなんだよ。
だからこいつに教えた。
おめぇがもし泣くようなことがあったら、流せってよ。」
あちこちとがって角だらけの、けれど優しいゼフェルの声で。
「ゼフェル…。」
ちかちかと点滅を続ける赤いランプを、ロザリアはそっと撫でる。
生のゼフェルの声ではないとわかっていても、それでも愛しかった。
「すぐになんとかしてやる。
んな、かっこいいこと言いたいけどよ、それは無理だ。」
思わず、くすりと笑う。
相変わらず正直だ。
できない約束をするゼフェルではない。
「けどよ、なんとかする。
ちょっと時間はかかるかもしれねーけど、必ずなんとかする。
だからよ、それまではこいつが俺の代わりだ。
こいつの記憶は、全部俺のとこへ届く。
なんでも話せ。
いいな。」
なんとかする。
きっぱりと言い切ったその言葉が、見えない未来を待つ勇気をくれた。
気丈になっていつもの冷静さが戻ると、ゼフェルの言葉にひっかかるものを覚えた。
「え?
Zの記憶は、全部ゼフェルのところへいくですって?」
それはどうかと思った。
Zは四六時中、ロザリアの傍にいる。
生活のすべてを見られているのだ。
その記憶をすべてゼフェルに渡す?
「困りますわ。」
アンドロイドのZに、そう言ってみる。
「困ってんだろ。」
少し間をおいて、ゼフェルの笑う声がした。
「俺は全部しりてーけどな、おめぇが嫌だってんなら、そいつに言え。
『ここからは記憶するな』
おめぇの命令には、従うように組んであるからよ。」
それなら最初からそう言ってくれればいいのにと、そう思った後、すぐにロザリアも笑う。
そうだ。
これがゼフェルだった。
駄々をこねたり、小さな意地悪はしてみるが、最後にはロザリアのしたいようにしてくれる。
「ファームウェアのバージョンアップもあるからよ、一年に一度は女王府にメンテに出せよ。
それから…。」
言いさして、やや間があいた。
「元気でいろ。」
早口で一言。
そこで音声は途切れた。
アンドロイドのZは、いつもの軽いうなりをあげて、ロザリアの傍から離れて行く。
次の務めにかかるために。
ひゅんひゅんと軽いうなりが、いつもより楽し気に、ロザリアには聞こえた。