Chamade(4)
早暁。
まだ月の残る時刻に、ロザリアは恋人の腕を離れる。
起こさないようにと細心の注意を払いながら、恋人の腕をほどく。
それでも3度に1度はしくじって、金色の長いまつ毛の下、ブルウの瞳がじっと見つめる。
「だめだよ。
まだ朝はこない。」
そうなると始末におえない。
ようやく鎮めた身体の埋火を、彼はおこしにかかるから。
女王の寝室に通う恋人があることは、公然の秘密であった。
恥じることではないと、恋人は平然としたものだが、ロザリアにはそうまで割り切れない。
あくまでも人目をはばかる仲であれば、夜明け前には公の顔に戻っていたかった。
そっとそっとと、息をつめて寝台を下りる。
裸の肩がひんやりと冷たかった。
まだ消え残る月の明かりを頼りに、ガウンを羽織る。
すべらかなシルクが、身体のラインに沿ってするりと落ちた。
バルコニーへ続く窓の開くと、きりりと冷たい空気に樹々の香がした。
名残の月を眺めて、ロザリアは小さくため息をついた。
後少しだけ。
もう少しだけ、どうか気づかれませんようにと願う。
彼女のサクリアの翳りは、まだ誰にも気づかれてはいなかった。
女王試験が布告された時、9人の守護聖は皆一様に驚いた。
女王の力の衰えに、だれ一人気づかなかったのだ。
「この私が気づかぬとは…。
なんということだ。」
首座の守護聖ジュリアスなどは、衰え行く力で懸命に宇宙を支えた女王を思い、申し訳なさに己の未熟を呪っていたが、他の者の反応はやや違った。
気づかないのではない。
おそらくは気づかせなかったのだ。
衰えたりとはいえ、女王が本気で隠そうとすれば、気づくのは難しい。
とはいえ、衰えた力でこれまでどおりに振る舞うことは、いかな女王といえどもかなりの力を必要としただろう。
そうまでして隠したかったその理由は、1つしかない。
痛ましい思いで、皆視線を落とす。
「おまえも知らなかったのか。」
炎の守護聖オスカーの声は、オリヴィエの耳には届かなかった。
色を失った白い顔で、ただ呆然としている。
<なぜ、どうして気づかなかった!>
同じ言葉がぐるぐると回る。
誰が気づかなくとも、オリヴィエだけは気づかなくてはならなかったのに。
そういえばと、今更ながら思い当たることがあった。
星の間にこもる時間が増えていた。
集中したいのだと笑っていたが、あれはそうしなければならないほど弱っていたということか。
少し前に、彼女は女王補佐官を失っている。
女王候補時代からの親友であるアンジェリークを、サクリアの尽きた地の守護聖と共に送り出した。
「大丈夫ですわ。」
泣きながら許しを請う親友に、女王は笑って答えた。
おそらくその頃には、既に自覚はあったのだろうに。
それから一人で、だれにも気づかせずに無理をして無理をして。
ついに力尽きた。
「なんて馬鹿なんだ、わたしは。」
ひきつれた胸が焼けつくようだ。
己の鈍さに愛想がつきる。
とにかく急いで、ロザリアに会わなければならない。
「陛下は?」
尖った声で問うオリヴィエに、ジュリアスが首を振った。
「星の間におこもりだ。
次に出ておいでになるのは、おそらく5日の後だろう。」
補佐官の代理を務めるジュリアスがそう言うのだから、間違いはない。
星の間。
女王以外は誰にも踏み込めぬ、聖域である。
次期の女王候補は既に召喚されて、試験はすぐに開始される。
「急がねばなるまい。
思うところはあるだろうが、己の務めを果たせ。
いいな、オリヴィエ。」
いつもながらもっともなジュリアスに、オリヴィエは力なくうなずいた。
そうするしかない。
5日後。
100年先にも思えた。